人類の歴史において、もっとも大きな脅威の一つであり続けてきた感染症、マラリア。
いま、日本に暮らす多くの人にとって、マラリアは「遠い異国の病」かもしれません。しかし、かつて日本もまた、この病に深く苦しみ、懸命に闘ったマラリア当事国でした。
とりわけ沖縄・八重山諸島における「戦争マラリア」と呼ばれる悲劇は、軍命による強制避難が引き起こした凄惨な歴史であり、今も、そしてこれからも、決して忘れてはならない記憶です。一方で日本は、その悲劇を乗り越え、わずか17年という歳月でマラリアを克服した、世界でも数少ない「マラリア根絶の成功体験」を持つ国でもあります。
1945年.戦火の中で、八重山の人びとは「マラリアのない世界」を想像できただろうか
八重山諸島では、軍令によるマラリア有病地への強制避難によって、住民の約半数にあたる16,887人がマラリアに罹患し、3,647人が命を落としました。
食料も薬もない中でのマラリアは、想像を絶する苦しみだったに違いありません。
政治に翻弄された激動の時代にも、八重山ではマラリアとの闘いが続き、17年後の1962年、ついにマラリアゼロを達成しました。
概説:八重山の戦争マラリア ー 斉藤美加 琉球大学教員/獣医学博士
動画でたどる、戦争マラリアの記憶と世界のいま
悲劇の史実を受け止め、現在、そして次世代へ語り継いでいくこと。
八重山が、日本が、成しえた「マラリア終息」という偉業を、いまも続く「世界のマラリアとの闘い」へのメッセージへとつなげていくこと。
この動画では、八重山の戦争マラリアの記憶から、マラリアを克服した日本の経験、いまも世界で続くマラリアとの闘い、そして日本が果たしうる役割までを、戦争マラリアのサバイバーの方の貴重な証言とともに描いています。
動画:マラリアのない世界へ「日本にもあったマラリアの物語」
| 動画のあとに ・・・あらためて考えたいこと |
ここで描かれているのは、過去の悲劇だけではありません。
マラリアがいまなお世界で続いている現実、対策が停滞している理由、それでも終息をめざすために必要な支援と連携、そして日本だからこそ果たすことのできる役割です。
2024年には、世界で推計2億8,200万件のマラリア症例と61万人の死亡が報告されました。マラリアによる死亡者の95%はアフリカ地域に集中し、そのうち75%は5歳未満の子どもです。
一方で、2000年以降、世界ではマラリア対策が確実に成果を上げ、23億件のマラリア罹患と1,400万人のマラリアによる死亡が回避されてきました。しかしその前進がいま大きな岐路に立たされています。
| 停滞するマラリア対策を「進展」へ変えるもの |
マラリア終息に向けた取り組みは、いま「足踏み状態」にあります。薬剤や殺虫剤への耐性を持つ蚊の出現、国際的な保健資金の削減、そして紛争や気候変動などの複合的な危機。
これまでの成果が大きく揺らいでいます。
それでも、道は閉ざされてはいません。私たちはすでに、有効な対策とツールを持っています。そして、次世代の治療薬や革新的な技術、新たな解決策も開発されています。つまり、マラリアを終わらせるための条件は、すでに揃っています。、必要なのは、それを確実に届けるための「投資」と「行動」なのです。
| グローバルファンドが果たす役割 |
グローバルファンドはその「投資」と「行動」を支えています。
世界のマラリア対策における国際支援資金の約59%を担い、これまでに209億ドル以上を投資してきました。この継続的な支援の積み重ねによって、2002年の設立来、マラリアによる死亡率は51%、罹患率は26%減少しました。2024年には、年間で5億張を超える蚊帳が配布され、数億件規模の検査と治療が行われています。さらに、アフリカを中心に多くの子どもや妊婦が抗マラリア薬の予防的な投与を受ける取組みも広がっています。さらに、薬剤耐性への対応や次世代ツールの導入を進めながら、それらを必要とする人びとに確実に届けるための仕組みづくりも支えています。
技術開発だけではなく、それらを公平かつ持続的に届けることこそが、マラリアを終息させるために不可欠です。
マラリア再拡大のリスクに直面するケニア -それを食い止めようとする子どもたち
Kenya Risks a Resurgence of Malaria. These Children Are Trying to Stop It.
| 日本の経験が持つ意味 |
八重山でのマラリアゼロの達成は、単なる医療の成果ではありませんでした。
科学に基づく判断、制度としての公衆衛生対策、そして住民の協力。
それらが一体となった、いわば「社会の力」によって達成されたものでした。
この経験こそが、今もマラリアに苦しむ国々へと届けるべき、終息への確かな道標になるはずです。
今年の世界マラリアデーのテーマは「Driven to End Malaria: Now We Can. Now We Must」です。「マラリアのない世界へ:今ならできる 今こそ実行の時」と訳しました。
「できる」という現実と、「やらなければならない」という責任。そして、マラリアを終わらせることへの「希望」と、それを今実現しなければならない「緊急性」が込められています。
マラリアは、いまもなお多くの命を奪い続けています。
しかし同時に、終わらせることができる病です。
必要なのは、継続的な支援、イノベーション、そして連携。
日本はすでに、その終息を経験した国です。
その経験が、いまも世界の中で生きるならば、
「マラリアのない世界」は、決して遠い未来ではありません。
マラリアのない世界へ。終わらせるためのいま。



