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続:世界エイズデー特別企画座談会 HIV/エイズ対策の現在地:コミュニティから広がる協働のかたち【後編】

2026年1月9日
続:世界エイズデー特別企画座談会 HIV/エイズ対策の現在地:コミュニティから広がる協働のかたち【後編】

2025年世界エイズデーの機会に、医療・市民団体・企業・国際支援という4つの視点から、「HIV/エイズ:コミュニティヘルスの現在地と未来」を語り合った座談会。
前編では、日本の現場で積み重ねられてきた実践と、コミュニティを軸にした連携の可能性について掘り下げてきました。
では、国際的な保健医療の枠組みが大きく揺らぐいま、その経験は世界の中でどのように位置づけられ、何を次の時代へ引き継いでいくべきなのでしょうか。後編では、国際的な資金環境の変化や国際機関の役割、日本のHIV予防政策をめぐる課題などを手がかりに、日本のHIV/エイズ対策の現在地と、これまでの「レガシー」をどう未来につないでいくのかを議論していきます。

座談会に参加したのは:
モデレーター: 朝日新聞withPlanet編集長 竹下 由佳 氏
特定非営利活動法人 akta 理事長 岩橋 恒太 氏
ヴィーブヘルスケア株式会社 エクスターナル・アフェアーズ ヘッド 笹井 明日香 氏
国際医療福祉大学教授・医師 田沼 順子 氏
グローバルファンド日本委員会事務局長 石垣 今日子

 


 

後編|揺らぐ国際的枠組みのなかで、何を引き継ぎ、どうつなぐのか

2025年は、グローバルヘルスにとって大きな転換点となる年でもあった。
世界各地でHIV/エイズ対策は、国際的な資金環境や政治状況の影響を受け、見直しを迫られている。国際的な文脈の中で、日本の取組みも今、評価と問いの両方を受け始めている。

岩橋さんは、アジア太平洋地域で活動する国際NGO「APCOM」からaktaが表彰を受けた背景についても触れた。

APCOM Hero Award 授賞式の様子 Photo:akta

受賞そのものは喜ばしい出来事である一方で、その前後に行われた会議では、国際的な支援環境が大きく変化するなかで、各地域がどう対応していくのかが、切実に議論されていたという。
現在、UNAIDSの今後についても議論が続いており、仮に閉鎖や統合という節目を迎えるとすれば、その後をどう支えていくのかが問われている。

終結に向かっている国がある一方で、東南アジアの一部の国々や太平洋地域では、感染者数が増加している国も少なくない。そうしたなかで、支援の枠組みが変化することで、各国や地域は、自分たちの活動を根本から見直す必要に迫られているという。

「枠組みは残っていても、実際に現場で使う検査や予防の手段をどう確保するのか。そのとき、何を優先して、何を見直すのかを、本当に必死に議論していました」

活動の効果を検証し、効果の薄いものは優先度を下げ、意味のある取り組みに資源を集中させる。そうした現実的な議論が交わされている様子を見て、岩橋さんは率直な危機感を抱いたという。
「正直、日本は少し置いていかれていると感じました」

国際的な保健資金が減少傾向にあるなか、相対的に日本への期待は高まっている。それは資金面だけでなく、これまで培ってきた経験や、国際保健におけるリーダーシップへの期待でもある。
「自国のことだけを見ている場合じゃない。そういうメッセージも含まれている受賞だったのではないかと思っています」

Photo: The Global Fund/Quinn Ryan Matti ベトナム・ビンのカフェで開かれた「モバイルセッション」でHIV検査の受付をする参加者。HIV検査やPrEP、クリニックの活動やサービスを紹介している。


| 国際保健はいま、三つの転換点にある |

田沼教授は、現在の国際保健を取り巻く状況について、大きく三つの流れがあると整理した。
一つ目は、国連を中心とした国際機関の役割が揺らいでいることだ。
地政学的な影響を受けやすく、意思決定に時間がかかる構造が、以前よりも顕在化している。
「合意形成にものすごく時間がかかる。そこに、限界を感じている人は少なくないと思います」

二つ目は、PEPFAR(President’s Emergency Plan for AIDS Relief:大統領エイズ救済緊急計画)などこれまで国際保健を支えてきた大きなプレイヤー の影響力が変化しつつあること。
その空白をどう埋めるのかが、各地域で共通の課題として浮かび上がっている。

田沼 順子 国際医療福祉大学教授

そして三つ目が、数ある国際的なイニシアチブ の全体像が見えにくくなっているという問題だ。
「乱立している枠組みを、どう整理し、どう連携させるのか。そこも大きなテーマになっています」

田沼教授は、国際的な連帯が弱まり、二国間の関係に傾きすぎることへの懸念も示した。
「単純にバイラテラル(二国間援助)に寄ってしまうと、そのときどきの地政学的な状況に、ものすごく左右されてしまいます。なぜGAVIやグローバルファンド、CEPIのような多国による援助の仕組みが生まれたのか。その理念を、もう一度見直すべきだと思います」

また、ユニバーサルヘルス・カバレッジの枠組みのなかで、各国がどのように責任を分かち合うのかを再定義することも重要だと語った。
HIV対策を単独で切り離すのではなく、より大きな保健医療のパッケージの中に位置づけ直していく。それも、これからの一つの方向性だという。

| エイズ対策が残してきた「レガシー」|
HIV/エイズ対策が残してきたものとは —田沼教授が続ける。
「保健対策は、単に感染者数が減った・増えたという話ではありません。その過程で成熟してきた考え方や取り組みがあります」

コミュニティ主導、多様なステークホルダーの協働、キーポピュレーションという視点。
そして、ラストワンマイルまで治療を届けるために築かれてきた、マンパワーも含めた社会的インフラ。

それらは、HIV対策にとどまらず、パンデミック時にも生かされてきた。
「エイズ対策で培ってきたこのレガシーを、一度立ち止まって見直し、次につなげていくことが大事だと思います」

石垣グローバルファンド日本委員会事務局長も、15年、20年という時間をかけて積み重ねられてきた対策の重みを強調した。
「国、市民社会、民間企業がそれぞれの立場でお金を出し、関わり、啓発されてきたからこそ、今がある。HIV/エイズ対策を飛躍させた科学技術も簡単に生まれたものではない。ここまで築き上げてきたものを、良い形で次世代に繋げることが必須だと思います」

|つながりを断たないために――国際連携とコミュニケーションのあり方|
議論は、国際機関・市民社会・企業・研究者といった多様な主体が、今後どう連携していけるのかという話題へと移っていった。

田沼教授は、マルチセクター連携の前提として「コミュニケーション」の重要性を強調する。
「医療者って、無意識にヒエラルキーが上になりがちなんです。だから意識して、声を拾う姿勢を持たないといけない」
連携の仕組みとしてのワークショップや共創の場づくりも必要だという。

石垣グローバルファンド日本委員会事務局長は、オンラインの広がりがもたらした変化を実感として語る。
「オンラインって、本当にすごいなと思っています。10年前だったら、海外の関係者と頻繁に打ち合わせをするのは難しかった」

距離や国境を越えて人がつながれるようになった一方で、課題も見えてきたという。その背景には、世界中で広がる不公平感があると石垣は指摘する。
医療へのアクセスの差が放置されれば、それは社会不安や分断にもつながりかねない。
「医療へのアクセスに、国による違いがあってはいけない。それを解消しないと、本当の意味での安全保障にもつながらないと思っています」

Photo: Jiro Ose/JCIE

 

|日本は「見えない存在」になっていないか――PrEPをめぐって|
では国際的な議論が次のフェーズへ進むなかで、日本のHIV/エイズ対策は、世界からどう見えているのか。果たして日本での医療アクセスは公平なのか。

岩橋さんは「日本のコミュニティや、日本のキーポピュレーション対策って、国際的にどう見られているんだろう」と話す。とくに象徴的なのが、HIV予防薬PrEP(プレップ)をめぐる現状だという。

国内では関心が高まっている一方で、その利用状況には明確な偏りがある。
「新宿二丁目のクラブイベントに来ている人たちでは、4人に1人がPrEPを使っている。でも全国のMSM全体で見ると、15%を切る」

この不均衡の背景には、地方格差と所得格差がはっきりと存在している。
「収入が低い人ほどアクセスできない。結局、都市部にいて、コミュニティにアクセスできて、お金のある人だけが使える予防になってしまっている」

さらに、国内で薬事承認を得たPrEP薬があるにもかかわらず、実際にはほとんど使われていない現実もある。
「1ボトル7万円。誰が買えるのか、という話ですよね」

日本のこうした状況の裏で、PrEPの国際的議論はすでに次の段階へと進んでいる。
各国で長期作用型の注射剤PrEPの実装が検討・実践される一方、アジア太平洋地域の導入国リストに、日本の名前は見当たらない。
「オーラルPrEPの話をしている国は、もうほとんどない。なのに、日本の名前がそもそも載っていない。この状況は、正直ショックでした」

岩橋さんは、この日本の膠着状態を、コミュニティや一部の関係者だけで変えることの限界を指摘する。
「コミュニティだけが声を上げても、正直、動かない。国際機関や製薬企業など、国際的な枠組みの中にいる人たちの力も、ぜひ借りたい」

右:岩橋 恒太 akta 理事長

田沼教授が続く。
「これは、すごく大きな問題ですよ。ちゃんと怒らないといけないと思います。
半年に一度の注射で効果が持続する新たなPrEPへの期待が高まる一方で、日本では価格や制度の壁が立ちはだかっている」と指摘した。
「ジェネリックが使えない、保険適用にもならない。仮に保険適用になっても、1本何百万円という世界です」

国際的な市場でPrEPが広がらなければ、日本で薬価が下がることもない。
「国際的には展開されていくのに、日本だけが取り残される」という逆転現象が起きている。

「このギャップをどう埋めるのか。その仕組みを、ちゃんと作らないといけないと思います」

|コンビネーション予防と選択する権利 |

田沼教授は、HIV予防の考え方として「コンビネーション予防」の重要性を改めて強調した。
「検査もそうだし、U=Uも、PrEPも、コンドームもある。その中から、自分にフィットするものを選べるようにすることが大事なんです」

重要なのは、単にツールを“全部使いましょう”という話ではない。
選択肢があること自体が、人を守る力になる。
「ツールの多様性だけじゃなくて、いろんなアプローチが必要。それを点と点で終わらせず、線にして、面にしていく。それがコンビネーション予防なんですよね」

田沼教授は「これはHIVに限らず、あらゆる感染症対策に通じる」と語る。

岩橋さんもその考え方をこう補足する。
「コンビネーション予防って、ともすると『コンドームもPrEPも両方使えば完璧』みたいに誤解されがちなんですけど、そうじゃない。“これしか使えない”という状況をなくすために、選択肢を増やそうという話なんです」

さらに、真に重要なのは社会構造へのアプローチだという。
「人権を大事にすること、包括的性教育があること。それが結果的に、公衆衛生としても一番効果が高い」

HIV対策が積み重ねてきた経験は、感染症対策全体の「型」になり得る。

 

|次の世代へ、何を引き継ぐのか|

竹下 由佳 朝日新聞withPlanet編集長

竹下さんは、その知見を次の世代へどう引き継ぐか、という問いを投げかけた。

田沼教授は、医師としての立場からこう応じる。
「HIVは、人類が“終結させようとしている感染症”の一つです。長い歴史の中で培ってきた価値観や技術を結集して、本当の意味での収束を目指したい。目指していきましょう」

岩橋さんは、次の世代との接点づくりの重要性を語る。
「若い世代が、魅力を感じて飛び込んで来られるコミュニティやNPOの環境を整えることが大事だと思っています」

そのためには、ガバナンスやコンプライアンスを大切にしたCBO(Community Based Organization)の在り方が欠かせない。
「例えばモンゴルのCBOは、コミュニティ主導のモニタリングをきちんと行って、その実践がグローバルファンドの教材でも“グッドプラクティス”として紹介されています。日本の中だけでやっていると、こうした事例はなかなか見えてこない」

笹井 明日香 ヴィーブヘルスケア株式会社 エクスターナル・アフェアーズ ヘッド

国際的な学びを取り入れながら、持続可能で安全、そして若い世代にとって魅力的な場をつくっていく必要があるという。

企業の立場から笹井さんは、こう語った。

「企業だからこそできる関わり方があると思っています。HIVやエイズに関わることを、自分の仕事として誇りを持って語れるようになれば、もっと多くの人がこの分野に関心を持てるはずです」

制約はあるが、コミュニティや医療者と連携することで、企業にも果たせる役割がある。それが次の世代につながっていくことを期待しているという。

 

石垣 今日子 グローバルファンド日本委員会事務局長

 
最後に石垣グローバルファンド日本委員会事務局長は、政策の視点からこう締めくくった。

「繰り返しになりますが、医療アクセスの不公平性や貧困は社会分断の温床になります。健康はすべての基礎です。日本の中の地域格差も、世界の中の格差も、実はつながっている。日本のことだけ考えていては、何も解決しません」

その言葉は、この日の議論全体を貫く問いにもなった。積み重ねてきた経験と協働の力を、我々は次の世代にどうつないでいくのか?コミュニティととしての枠組み、そして国際社会という大きな枠組みの双方からその問いに向き合うことが、いま確かに求められている。

 


 

人の移動が加速し、新たな感染症がいつ起きてもおかしくない時代。

国際連携とは、連帯とは ――遠い理想ではなく、日本に暮らす一人ひとりの健康と安全を守るための現実的な選択だ

感染症に国境はありません。でも、国と国、人と人のつながりがあれば、守れる未来は確実に増えていく。

 

座談会はaktaのスペースをお借りした。語り尽くした最後にaktaスタッフの方、グローバルファンド日本委員会のスタッフも入り撮影

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世界エイズデー特別企画座談会 コミュニティから広がる協働へ――HIV/エイズ対策の現在地【前編】

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