先日、発表されたWHOの報告書によると、結核による死亡者数は減少し罹患率も鈍化の傾向にあるものの、再び感染症による死因のトップになりうる可能性もあるのが結核です。終息の兆しが見えつつもまた後戻りを繰り返す『結核』。
いまだ爆撃が続くイラク、自身も困難な状況にあるなか、最新のツールで結核対策に取り組む医療従事者たちがいます。イラク北部の都市モスルとエルビルでの国立結核プログラムとIOMイラクによる活動の現場を記事にしました。
*本記事は、グローバルファンドの記事をもとに、グローバルファンド日本委員会が抄訳、作成しました。
爆撃が続くイラクのモスル。国家結核対策プログラムのマネージャーを務めるバシャール・ハシム・アッバス医師は、何年もの間、空調設備もないトレーラーで、むろん感染症から身を守るための十分な物資や設備もない中で、医療活動に従事してきた。
過去数十年、イラクはいくつかの致命的な紛争を経験し、どの紛争でも同様だが、今なお人々の健康に壊滅的な影響を及ぼしている。病院、診療所、検査ラボなどのインフラが損傷を受け、破壊され、医療従事者たちは国外に流出してしまった。残された住民の間で感染症は急速に広がっている。
イラクは、中東諸国の中で結核罹患率が最も高い国のひとつとなっている。長期的かつ致命的な脅威である薬剤耐性結核も含めて、だ。
アッバス医師も家を追われた一人だ。信頼できる基礎的保健医療サービスへのアクセスが制限され、人々の健康が悪化していくのを目の当たりにしてきた。
「ここにいる人たちみながどれほど苦しんでいるのか、手に取るようにわかるのです。彼らを助けることが私たちの仕事だと思っています」
現在、イラクの一部の地域では状況は安定しつつある。しかし、いまだイラクの多くの地域では、水、電気、その他のライフラインが整備されておらず、気候変動を起因とする猛暑や干ばつによる食料不安や人の移動が発生している。これらすべてが結核の感染リスクを増大させる要因になっている。
無数にある課題に直面する中、グローバルファンドによる資金援助を受け、イラクの国家結核プログラムと国際移住機関(IOM)は、結核を克服するための対応に奔走している。結核の喀痰サンプルを解析できる機器「GeneXpert」を備えた医療施設とのネットワーク構築をはじめ、DHIS2と呼ばれるデジタルヘルス・システムの構築、アウトリーチ活動を行うチームが結核検査用の携帯型X線装置を備えることなどが結核対策に含まれる。このX線撮影装置は、刑務所や老人ホーム、遠隔地や結核感染リスクが高いコミュニティにも簡単に持ち運びができ、人工知能(AI)技術によって数秒で検査し、迅速に結果を確認できる。最先端のツールやテクノロジーを装備することで、イラク各地でアッバス医師のような医療従事者が結核の検査、治療、予防活動を行えるようになった。こうした取り組みは功を奏している。世界保健機関(WHO)の報告書によると、イラクでは2015年から2022年にかけ結核による死亡数が10%近く減少している。
左:モスルの高齢者施設の外に駐車された移動式検査室で結核検査を受けるフセイン・カデル・イスマイルさん
中央:CAD4TBシステムは、AIを使ってデジタルX線から結核の徴候がないか瞬時に分析する
右:エルビルの胸部・呼吸器疾患センターの検査技師は、血液サンプルを使って結核患者の薬剤耐性を検査する
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ファワズ・エリアス・アリはモスルで家族と暮らしている。背が高く、瘦せ細っている。かつてはがっしりとした体格の建設作業員であった。2021年に、咳、発熱、体の痛み、嘔吐、食欲不振に見舞われた。
「ショックでした。家から出られず、動くこともできなかった」とファワズは話す。「死んでしまう、そう思いました」
その後、薬剤耐性結核と診断された。
薬剤耐性結核の治療は特に過酷だ。患者は何カ月も入院したり、毎日のようにヘルスセンターに通うことを求められることが多く、大きな経済的負担になるほか、遠距離で通院できなくなることもある。
また、感情的、心理的負担が大きいのが結核だ。ファワズが治療を受けている間、家族はファワズに寄り添いたかったが、物理的に距離を置かなくてはならなかった。ファワズが最初に多剤耐性結核と診断された頃、治療には痛みを伴う注射が必要であったが、あまりの痛みに治療を続けることができなかった。何カ月も治療を受けなかったファワズは、ヤシール・アブドゥラ氏やIOMスタッフのおかげでDOTs(Directly Observed Therapy Short-Course:直接監視下短期化学療法)と呼ばれる長い結核治療を中断させないためのプログラムにつながることができた。
ヤシールやDOTs担当ワーカーたちのおかげで、ファワズは自宅に届けられる経口治療薬による治療を受けることが可能になった。またDOTsワーカーは、ファワズが薬を正しく服用できるよう手助けし、栄養価の高い食事を提供し、彼と彼の家族が心理的な支援を受けられるようにした。
「生活はよくなりつつあります」とファワズが話す。「また仕事に戻り、自由に動けるようになると期待しています。」
現在、イラクでは、薬剤耐性結核患者は全員、最新の経口治療薬による治療を受けられるようになった。これは、イラク政府、IOM、グローバルファンドの強力なパートナーシップと連携によって成し遂げた進歩のひとつだ。
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イラク北部のエルビルの近く、IOMのDOTsワーカーのアブドゥル・カドルが最年少患者の一人を訪問する。
4歳のアディルの父親と祖父が結核検査で陽性となり、その後アディルも陽性となった。小児結核の診断と治療は難しい。結核の症状は、他の小児疾患と似ており、検査のために喀痰の検体を採取するのも、小さな子どもに何カ月も薬を正しく服用させるのも難しい。
アディルはチェリー味で飲みやすい小児用結核治療薬を服用している。父親がアディルの横に座りながら、全量を服用しているか確認する。
アブドゥル・カドルは10年前、高収入であった民間企業の仕事を辞め、DOTsワーカーになった。彼は避難民キャンプ、スラム、刑務所、社会的に弱い立場にあるコミュニティにおいて、結核患者を特定するためのサンプルを収集し、薬を届け、治療アドヒアランスや精神的サポートを提供してきた。
イラクでの結核との闘いにおいて、いかに最新のツールと献身的なワーカーたちが変化を起こしていけるのか、彼は、今、身をもって体験している。
モスルとエルビルのイラク国立結核プログラム、IOM(国際移住機関)イラクの活動より
取材・写真:Ashley Gilbertson