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世界エイズデー特別企画座談会 コミュニティから広がる協働へ――HIV/エイズ対策の現在地【前編】

2026年1月7日
世界エイズデー特別企画座談会 コミュニティから広がる協働へ――HIV/エイズ対策の現在地【前編】

現在、HIV/エイズは継続的に抗HIV療法を受けることで、体内のウイルス量を検出限界以下に抑えることができます。 その状態では感染しないことを示す U=U(Undetectable=Untransmittable/検出不能=感染させない) という科学的事実も、国際的に検証されています。また、HIVに感染していない人があらかじめ対策を取る PrEP(曝露前予防内服) では、長期作用型の注射薬や、女性が自分自身で管理できる抗HIV薬を含有する膣リングなど、「ゲームチェンジャー」と呼ばれる革新的なツールが登場し、予防のあり方にも大きな変化が起きています。

治療と予防の選択肢が広がったことで、HIV/エイズ対策は確実に前進しています。

その一方で、世界には 4,080万人*がHIVとともに生き、2024年には約130万人*の新規感染が報告されています(*UNAIDS)。HIV/エイズは、今なお“静かに続くパンデミック”の状態にあります。治療薬や予防手段が存在していても、検査や医療につながる前の段階で、「もし感染していたらどう思われるか」「誰にも知られずに相談できるのか」といった不安を抱え、孤立してしまう人は今も少なくありません。

HIVを取り巻く偏見や差別は、医学的事実に反して今も根強く残っています。感染経路や治療への理解不足、「特定の人の問題」という誤ったイメージ、あるいは医療現場や身近な人間関係の中での無意識の言動が、当事者を沈黙させてしまう。治療と予防が進歩した現在においても、社会がその変化に追いついていない――HIV/エイズ対策の大きな課題の一つです。

感染症は国境を越えて広がるという認識が国際的に共有される中、資金やデータ、知見をグローバルに連携させる取り組みが進んでいます。その一方で、実際に人々を検査や治療、予防へとつなぐ上では、地域や当事者コミュニティが果たす役割が不可欠とされており、国際協調とコミュニティ主導のアプローチを組み合わせた対策が、現在のグローバルヘルスの主流となりつつあります。
コミュニティ主導のアプローチは、差別やスティグマの解消に取り組みつつ、検査・治療・予防サービスへのアクセスを拡大し、最も困難な状況にある人々にも支援を届ける上で不可欠であるとされています。

では、今の日本のHIV/エイズを取り巻く現状はどうなのでしょうか。2025年、世界エイズデーの機会に、医療・市民団体・企業・国際支援の4つの視点から「HIV/エイズ:コミュニティヘルスの現在地と未来」を語り合う座談会が開かれました。


座談会に参加したのは:
モデレーター: 朝日新聞withPlanet編集長 竹下 由佳 氏
特定非営利活動法人 akta 理事長 岩橋 恒太 氏
ヴィーブヘルスケア株式会社 エクスターナル・アフェアーズ ヘッド 笹井 明日香 氏
国際医療福祉大学教授・医師 田沼 順子 氏
グローバルファンド日本委員会事務局長 石垣 今日子


 

前編| U=Uから見える、コミュニティの力

| U=Uが生まれた経緯と、伝えきれていない現実 |
HIV治療の進歩によって、「検出限界以下までウイルス量が抑えられている状態では、性行為による感染は起きない」という事実が、国際的な臨床研究によって確認されてきた。
この考え方は U=U(Undetectable=Untransmittable/検出不能=感染させない) と呼ばれている。今年のエイズデーのテーマでもある。

岩橋さんは、U=Uの医学的意味をこう説明する。
「ウイルスが検出できないぐらい非常に抑えられているということは、仮にコンドームを使わない性行為があったとしても、体内に感染を起こすだけのウイルスが存在しない。つまり感染が起きない、ということです」
治療がうまくいっていれば感染性はないのではないか、という考え自体は以前からあった。しかし、それをエビデンスをもって断言できるようになったのが2010年代だと岩橋さんは振り返る。
「国際的な大規模研究で“感染しない”と証明されたことで、U=Uは国際的な合意になっていきました」

田沼教授も、U=Uは医学的にすでに「常識」と言える段階にあると話す。
「どちらかがHIV陽性のカップルを対象に、治療を早く始めた群とそうでない群を比較した研究があります。治療を早期に開始した群では、感染がほとんど確認されなかった。この研究は、2017年にサイエンス誌に掲載され、その後の欧米で実施された大規模研究でも、7万5千件以上のコンドームなしの性行為で感染は確認されていません」

U=Uをどう表現するかについては、国際的にも議論があったという。
「“ゼロと言っていいのか”“感染しないと言っていいのか”という議論はありました。でも、あいまいな言い方をすること自体が偏見のもとになる。だからこそ、“感染しません”というステートメントを出し、各国の科学者が署名したんです」
科学的な正確さだけでなく、社会的な偏見を生まないための言葉選びでもあった。


| なぜ今もU=Uを伝え続ける必要があるのか |

U=Uが国際的に確立してから、すでに15年近くが経つ。それでもなお、啓発を続けなければならない背景がある。

田沼教授:「まず、感染者自身が“治療していれば相手にうつさない”と理解できることで、性交渉も含めた日常生活への不安が大きく変わります。内なるスティグマが変わることで、生活の質は大きく向上します」

さらに、その自覚は治療成績にも良い影響を与えるという。
「U=Uを理解している人のほうが治療成績が良い、という報告もあります。医療機関にとっても、患者さんを受け入れる側のスティグマを克服するためのエビデンスになります」

しかし現実には、U=Uは十分に浸透していない。

U=Uは、知識として知ればすぐに受け入れられるものではない。
岩橋さんは、コミュニティ内部にも根強い不信があると指摘する。
その背景には、HIV陽性者に対する古いイメージがあるからこそ、U=Uは当事者だけが発信するものではない。
「支援者、医療機関、行政など、いろんな立場から“これはエビデンスのある大事な事実なんだ”と、言い続けないと、コミュニティや社会の偏見は変わらないと思っています」

笹井さんは、U=Uが持つ意味を、医学以上のものとして捉えている。
「U=Uは、“治療していればうつらない”という事実だけではなく、陽性者の方ご自身が“私はHIVの感染源ではない”と思えるメッセージだと感じました」

この視点は、多くの人に知られるべきだと語る。
「陽性者が自分をどう捉えるか、社会がどう向き合うか、その両方を変える力があると思っています」

一方で、日本では主治医からU=Uを十分に伝えられていない現状もある。
「2019年時点で、25カ国・3000人以上のHIV陽性者を対象にした調査では、“主治医からU=Uをきちんと聞いた”と答えた人は、日本では約6割でした。スイスが最も高く、日本は下位でした」

せっかくスティグマを手放せる機会があっても、届いていない。
「だからこそ、まずは陽性者が医師から情報をもらい、自信を持てることが大事だと思っています」

 

| U=Uと検査、そして「その後の人生」|
検査をためらう理由として多く挙げられるのが、「陽性だったら、その後どうなるのかわからない」という不安だ。
岩橋さん:「仕事は続けられるのか、学業はどうなるのか、医療費はいくらかかるのか、パートナーや家族に伝えなければいけないのか。そうした“その後の生活”が見えないことが、検査を遠ざけています」

その不安の背景には、HIVとともに生きる人のリアリティが社会に伝わっていないことがある。
「働き、学び、普通に生活している人たちの姿が見えていない。U=Uを含めたHIV陽性者の現実が伝わることが、結果的に公衆衛生全体にもつながると思っています」


 

コミュニティ主導のアプローチとは何か ―――過去・現在・これから

| 20年続くコミュニティワークが生んだ変化 |

岩橋さんが関わるコミュニティセンターaktaでは、2003年から新宿2丁目を中心にアウトリーチ活動を続けてきた。

「毎週金曜日に170店舗ほどのお店を回って、コンドームや情報を届けています。最初は“なんで遊びに来てるのに病気の話をするんだ”と言われました」

しかし20年が経ち、街の反応は変わった。
「今では新しいお店ができると、“どうやったらコンドームを持ってきてもらえるんですか”と言われるようになりました。HIV陽性だと話してくれる人も増えています」

U=Uを含めた正確な情報と、顔の見える関係が、少しずつ偏見を変えてきた。

Photo : akta

コミュニティセンターakta

新宿2丁目を拠点に、HIV/エイズやセクシュアルヘルスに関する支援・情報提供を行うコミュニティセンター
開館時間:木〜日曜 15:00〜21:00(どなたでも利用可能)
公式サイト:https://akta.jp

HIVマップ
aktaが運営する、HIVに関する総合情報サイト。検査・医療・生活に関する情報提供のほか、相談対応も行っている。 https://hiv-map.net


 

岩橋さんは、HIV対策において「コミュニティを中心に置く」という考え方が、理念や人権論にとどまるものではないと強調する。それは、公衆衛生上の戦略として、実際に成果を挙げてきた方法でもある。

HIV検査キットの配布プロジェクトを例に挙げ、「理念としてコミュニティを中心に、という話だけではありません。このプロジェクトも、コミュニティだけで完結したわけではなく、医療者や研究者、検査メーカーが関わり、協働することで初めて実現しました」

その結果、検査キットはリーチすべき人に的確に届き、コストパフォーマンスの高い公衆衛生施策になった。
「そうした事例が、実はいくつもあります。だからこそ、コミュニティを中心に、コミュニティ主導で対策を行うことが重要だと言われています」

竹下さん:「安心できる場所であることに加えて、結果的に、より効率よく見つけて、治療につなげられるということなんですね」

 

| すべての人に届けるを完璧に目指すのではなく、「交差点」を増やす |


一方で笹井さんは、「どれだけ工夫しても、すべての人に情報を届けきることは難しい」と前置きしたうえで、企業としての関わり方を語る。

企業の立場として、ウェブサイトやSNSを使った情報発信を続けてきたほか、東京プライドのような大きなイベントで、コミュニティと連携した啓発活動にも取り組んできた。
「どうやったら情報が届くのかを、一番よく知っているのはコミュニティ自身です。だからこそ、一緒にやる、コラボレーションすることが大事だと思っています」

笹井さんは、「コンビネーション・プリベンション(包括的予防)」という考え方を、より広い意味で捉える必要があると語る。
「コンドームという基本的な予防の方法があって、薬で予防する方法があって、陽性者の方が治療を続けて、他の人にウイルスを渡さないという方法もある」
それに加えて、見落とされがちなのが、社会構造的な予防だという。
「正しい知識を知って、それを誰かにきちんと伝えること。あるいは教育をしていくこと。そのこと自体が、HIVを“自分のこと”として考えるきっかけになります」

知識を得た人が、次の誰かに伝えていく。
その連鎖そのものが、予防につながっていくという考え方だ。
「HIVの予防を、“うつるかもしれない人がコンドームをすればいい”“薬を飲めばいい”“陽性者が治療をすればいい”という、他人事にしない。私も、その予防の一つを担える人間なんだ、と考えてもらえるといいなと思っています」

そうした「巻き込み」が広がっていけば、HIVをめぐるスティグマも、少しずつ変わっていくのではないか。


|「可視化される当事者と連帯」──東京プライドの現場から |

笹井さんの話を聞きながら、岩橋さんが東京プライドパレードの光景を語った。
HIV陽性の当事者が隊列の先頭に立ち、「We are Positive」カードを掲げて歩くようになったのだという。
「東京のパレードでは、以前は考えられなかったことです。当事者の方たちが、社会を変えようと勇気を持って出てくれました」

そして岩橋さんが「とても大事だ」と語るのは、その後ろを歩く人たちの姿。
隊列には、複数の製薬企業の社員が参加し、中には家族連れや子どもの姿もある。
「自分だけに留めるのではなく、この問題の意味を、見える形で次の世代に手渡している。その時間が、すごく大事だと感じています」

竹下さんも、その「見える化」の力に触れ、「当事者が堂々と歩けることも素晴らしいですし、それを一緒に歩く人がいるというのが、大きいですよね」

HIVをめぐる課題を、誰かの問題にしない。
その姿勢が、街の中で、目に見える形で共有され始めている。

 

|「収束」は単独では成しえない──ザンビアで見えたコミュニティの力 |
石垣グローバルファンド日本委員会事務局長は、ザンビアでの視察経験を振り返りながら、ザンビアの感染症対策におけるコミュニティの役割について語った。

Photo:Jiro Ose/JCIE

1990年代、ザンビアではHIVの影響により平均寿命が大きく落ち込んだ時期があったが、長期的な介入を通じて、状況は大きく改善してきたという。その背景としてあるのがコミュニティへの一貫した介入だ。保健省から現場まで、「地域の健康は地域の人が守る」という認識が共有されていたことが、強く印象に残ったと語る。

インフラが十分でない国土に人々が点在するなかで、病院中心の対策には限界がある。そこで重視されたのが、地域に根ざしたアプローチだった。
ザンビアでは、コミュニティ・ヘルス・ボランティアと呼ばれる人たちが、患者に寄り添い、検査や治療につなげる役割を担っている。ボランティアと言っても彼らには給料が支払われ、誇りを持って活動していたという。
「悩んでいたときに声をかけてもらった」「人生が変わった」と語る患者も多く、コミュニティでの働きかけが、スティグマを乗り越える重要な入口になっていた。

近年、ザンビアでは特に若い世代でのHIV感染増加が課題となっており、政府は若者への啓発と治療につなげる取り組みに力を入れている。その中心を担っているのが、市民社会団体や、若者自身が主体となるグループだ。
石垣事務局長は、若者たちが「上の世代の偏見を変えたい」と語っていたことが強く心に残ったという。寸劇や音楽、ダンスなど、その国の文化に根ざした表現を通じて、検査や相談につなげていく。
楽しそうだから人が集まり、気づけば健康の話をしている──そんな自然な導線が、地域に溶け込んでいた。

「このアプローチは、日本も学ぶべき点が多いのではないかと思いました」

Photo: Jiro Ose/JCIE

|「Do More With Less」──コミュニティを“資源”として見る視点 |
この話を受けて田沼教授は、「Do More With Less(限られた資源で、より多くを成し遂げる)」という言葉を挙げ、コミュニティの重要性を改めて指摘した。
「コミュニティは、とても大きなリソースです。感染症対策だけでなく、高齢者ケアなど、さまざまな分野で同じことが言えると思います」

一方で、日本では、政府から現場まで一貫して「コミュニティ重視」の姿勢が貫かれているとは言いがたい、と課題も示された。

岩橋さんからは、より率直に問題提起がなされた。
日本には、HIV対策としてコミュニティセンターが全国に設置されているが、そこで働く人たちの待遇や社会的な位置づけ、労働者としての権利が、十分に守られているとは言えない状況が続いている。
「やる気のある人たちに、“自分たちのコミュニティのことなんだから”という理由で、半ばボランティアのような形で支えさせている状態が続いています」

さらに、MSM(men who have sex with men)以外のキーポピュレーション──セックスワーカー、トランスジェンダー、外国籍の人たちなど──に対しては、安定した雇用や拠点を支える仕組みが乏しく、支援団体の多くが手弁当で活動を続けている。
「この状況を、公衆衛生行政や医療の側はどう考えているのでしょうか」

 


――後編につづく
後編では、国際的支援の枠組みの変化を踏まえながら、日本と世界において、コミュニティと制度はいかに協働できるのかを考える。

続:世界エイズデー特別企画座談会 HIV/エイズ対策の現在地:コミュニティから広がる協働のかたち【後編

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