米トランプ政権における世界の三大感染症対策予算

この記事の掲載日 : 2018年06月01日(金) この記事のカテゴリー :


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世界の三大感染症であるHIV/エイズ・結核・マラリアとの闘いにおける最大のドナー国は米国です。米国政府は、この数年、世界の三大感染症を含むグローバルヘルス事業に平均して年間約86億ドル(約9500億円)を投じ、世界を牽引してきました。昨年のトランプ大統領の就任以来、その傾向にどのような変化がみられるのでしょうか。これまでの2018年度予算をめぐる現状をまとめました。

大統領要求案は前年度比約20%減

ドナルド・トランプ大統領は2017年1月の就任以来、国防・強国構想を主軸に、あらゆる政策分野でバラク・オバマ前政権の政策を覆す意図を明確にしてきた。このため、グローバルヘルスの分野、特に世界の三大感染症対策における世界的なリーダーというこれまでの米国の立場が大きく変わるのではないかという懸念が国内外で生まれた。事実、大統領府が打ち出した、2018年度予算教書A New Foundation for American Greatness(以下、2018年度大統領要求案。2018年度は2017年10月~2018年9月)には、前代未聞の外交・海外援助予算費の大幅削減が記され、グローバルヘルス事業全体に対しては総額約64.8億ドルと、前年度から約20%以上の削減で、米国における世界の三大感染症対策が大幅に縮小されるという危機感が高まった。

米国グローバルヘルス事業予算実績動向

議会の反対により”横ばい”を確保

ただし、米国では、予算編成権利を持つのは立法府である議会であるため、大統領の予算要求がそのまま政府の予算となることはない。議会予算局は、議会独自の予算決議案を作成し、それを基に議会で予算審議が行われる。大統領と議会与党がともに同じ政党であっても、大統領要求案と議会の間に予算攻防が生じるのが通常である。これに加え、今回は、民主党議員にとどまらず、中心的な共和党議員からも外交・海外援助費の大幅削減に対する反対の発言が相次いだ。実際、2018年2月9日には、国防と非国防関連の両費における2018年と2019年度の裁量的経費の支出上限を約3,000億ドルに引き上げることを盛り込んだ超党派予算法Bipartisan Budget Act of 2018:BBAが可決された。

さらに、同年3月23日にはオムニバス予算(Fiscal Year 2018 Omnibus Bill)が議会で可決された。大統領は拒否権を発動せず、不本意ながらも署名したことで、2018年度予算が最終的に成立した。ふたを開けてみれば、2018年度の予算は大統領要求案とは大きく異なるものとなり、米国のグローバルヘルス事業予算は2017年度実績からほぼ横ばいが確保された。

 

グローバル・ギャグ・ルールの適用拡大

一方、ロナルド・レーガン大統領政権時の1984年に制定されたメキシコシティ政策、いわゆるグローバル・ギャグ・ルール(注)は、これまでも共和党政権になると発動されてきたが、トランプ政権によってさらにその規制適用範囲が全ての省庁下のグローバルヘルス事業にまで拡大された。これまで適用対象とされてきた家族計画関連の資金だけでなく、母子保健や栄養、そしてHIV/エイズやマラリアといった感染症対策の資金にまでその適用範囲を広げることになり、規制がかかる資金の総額は約88億ドルと推定されており、その影響が危惧されている。実際に、リプロダクティブ・ヘルス・サービスの一環としてHIV検査などを提供してきたヘルスクリニックが閉鎖に追い込まれるなどの事象が生じている。

注: 海外で米国政府の資金を受けている非米国・非営利組織が、人工妊娠中絶の実施、カウンセリング、情報提供、合法化等のロビイングを行うことを禁止する規定

 

米国の感染症対策支援と2018年度大統領要求及びオムニバス予算

1.大統領緊急エイズ救援計画2018年度オムニバス予算(President’s Emergency Plan for AIDS Relief:PEPFAR)

米国が過去10年最も力をいれてきたグローバルヘルス事業が、大統領緊急エイズ救援計画(PEPFAR)である。PEPFARは、ジョージ・W・ブッシュ大統領政権時の2003年に始まり、前バラク・オバマ大統領政権時に大幅に強化された、世界的なHIV/エイズのまん延抑制や予防対策、治療に対する米国の二国間援助のイニシアティブである。米国は、本事業の最大効果を達成するために、戦略的に援助対象国と人口を絞る策を打ち出しており、2020年までにHIV/エイズが最もまん延するアフリカ諸国を中心に、母子垂直感染予防、全患者の治療保持、コンドームの供給や自発的な医学的男性性器割礼、エイズ孤児や脆弱な子供たちの支援等を継続する予定である。PEPFARは、グローバルファンド等の国際機関や、米国内のあらゆる機関(国務省、USAID、保健福祉省(CDC)等)と密に連携・調整しながら、援助を実施している。

2018年度の大統領要求案は、本事業関連費として、前年度から約12%減の約38億ドルを示した。しかし、最終的な2018年度オムニバス予算では、2017年度費を維持する約46.5億ドルに回復した。これは、GWブッシュ政権の最大の功績ともいわれるPEPFARに対して議会に幅広く強固な支持があることを示しているといえよう。

また、米国疾病対策予防センター(CDC)は、PEPFARの実施機関として、科学的・専門的なリーダーシップを発揮し、アフリカ等の50諸国以上でヘルスシステムの強化や科学的知見に基づく維持可能なHIV/エイズ事業(エイズ関連の結核感染を含む)を展開している。CDCのグローバルHIV/エイズプログラムの予算は、2018年度大統領要求案では、前年度の約1.28億ドルから半減に近い約6900万ドルにまで大規模に削減する案が示されたが、2018年度オムニバス予算では一転し、2017年度予算と同レベルを維持することで決着した。

2.世界エイズ・結核・マラリア対策基金(The Global Fund)

米国は、グローバルファンドが設立された2002年当初から最大の拠出国として、グローバルファンドとのパートナーシップを強化し、世界の三大感染症対策に貢献してきた。前オバマ大統領政権は、グローバルファンドの第5次増資(2017年から3年間に必要とされる資金の調達)に応じて、2016年9月に米国の拠出として約43億ドルを誓約している。

翌年就任したトランプ大統領は、米国の二国間援助のイニシアティブの到達等のためにもグローバルファンドとのパートナーシップは必要不可欠としながらも、2018年度の大統領要求案では、2017年度の約13.5億ドルから約20%もの減額である約11.3億ドルを提案した。しかし、最終的な2018年度オムニバス予算では、2017年度と同額の約13.5億ドルを継続することとなった。2019年後半にはフランス政府主催でグローバルファンドの第6次増資会合が予定されており、トランプ政権初めてとなるグーバルファンド増資に対する拠出金誓約の動向が注目される。

3. 大統領マラリアイニチアティブ(President’s Malaria Initiative: PMI)

米国は、グローバルヘルス事業のなかでも、子どもと妊産婦死亡への対策の一貫としてマラリア対策に尽力してきた。大統領マラリアイニシアティブは、2005年に開始され、世界のマラリアまん延予防や治療、可能な地域では他の優先的疾患の対策との統合援助を実施している。地域別では、アフリカにおけるプラットフォームの強化、南東アジア地域における多剤耐性マラリアへの対処、南米におけるマラリアのまん延抑制や排除の援助を実施している。また、新たなマラリアワクチン候補株や薬の開発、研究等を加速させる方針である。

2018年度の大統領要求案では、前年度実績から約12%減の約6.7億ドルが提案されたが、2018年度オムニバス予算では、前年度予算レベルの約7.55億ドルを維持することで決着した。一方、CDCにおけるマラリアを含む寄生虫疾患の事業においては、2017年度と同額の約2,400万ドルを維持する2018年度大統領予算案であった。最終的なオムニバス予算では約2,600万ドルに微増となった。

なお、長らく大統領マラリアイニシアティブのトップを務めたティム・ジーマー氏は、トランプ政権発足後にホワイトハウスの国家安全保障会議のグローバルヘルス安全保障の責任者として登用されていたが、ジョン・ボルトン新安全保障補佐官就任後の2018年5月上旬に離職している。

4.結核対策

米国は、結核や新型インフルエンザ、エボラ出血熱など地域や国際的な健康安全保障に重大な脅威となる恐れのある感染症への対策にも力を入れてきた。中でも結核は、人々の国境を超えた移動による世界的な感染拡大や、多剤耐性結核や超多剤耐性結核の出現に対する懸念が高まっていることから、結核及び耐性結核の予防や検出、治療に関する援助に力を注いでいる。

トランプ大統領は、特に、まん延地域における治療やヘルスサービスの提供に関わる人材や、民間機関とのパートナーシップ強化、診断と治療、院内感染防止策における二国間及び地域援助を継続することとして、2018年度大統領要求案で約1.8億ドルを提案した。これは、前年度実績の約2.4億ドルから約25%減の大幅な減額案であったが、2018年度オムニバス予算では、2017年度予算の約8%増である約2.6億ドルに覆す結果となった。

5.研究開発

国立衛生研究所(NIH)は長年、医学・生命科学研究を世界的にリードしてきた。HIV/エイズをはじめ、様々な感染症のワクチンや薬、診断の研究開発を行っている。トランプ大統領は、2018年度大統領要求として、前年度比で約20%減となる約269億ドル、同所アレルギー感染症研究所も約20%減となる約37.8億ドルという大規模な減額方針を打ち出した。さらに、世界の三大感染症を含むグローバルヘルス関連の研究や研修を行ってきたフォガティ国際センターの廃止を提案したことで、米国科学界では大きな動揺が広がった。

しかし、最終的には、2018年度オムニバス予算によって減額及び同センター廃止が回避されただけでなく、2017年度より約8.8%増の約370億ドルに転じた。なお、同所アレルギー感染症研究所も、今季(2017-18)のインフルエンザ感染による小児の死亡者数・入院率の大幅な上昇をうけ、主にユニバーサルインフルエンザワクチン開発促進のために優先的に予算を投じることとし、約7%増の約52.6億ドルとなった。

2019年度予算

2018年度のオムニバス予算の可決に前後して、トランプ大統領は再び国防・強国構想を基とした2019年度の大統領要求案を発表した。図1に示しているように、2018年度の世界の三大感染症を含むグローバルヘルス事業の大幅な予算削減路線をほぼ踏襲したもので、2018年度予算の終了する本年9月以後に、ふたたび議会との攻防が予想される。

【注意:正確な記述や数値に関しては原文を参照されたい。】

主な参考文献 (全て2018年6月1日現在):

  1. Center for Disease prevention and Control. FY 2019 Congressional Justification.
  2. Center for Disease prevention and Control. FY 2019 Congressional Justification.Table.
  3. Department of Labor, Health and Human Services, and Education, and Related Agencies Appropriations Act, 2018.
  4. Department of State, Foreign Operations, and Related Programs Appropriations Act, 2018.
  5. HHS. FY2019 Budget in brief.
  6. Government of State. Congressional Budget Justification, Foreign Operations and Related Programs, Fiscal Year 2019.
  7. PEPFAR. Congressional Budget Justification Supplement Fiscal Year 2018.
  8. Presidential Memorandum on Regarding the Mexico City Policy
  9. Protecting Life in Global Health Assistance
  10. United States Senate Committee on the Budget, Congressional Research Service
  11. U.S. Congress. H.R.1892 One Hundred Fifteen Congress of the United States of America at the second session. Bipartisan Budget Act of 2018’
  12. U.S. Government Publishing Office. RULES COMMITTEE PRINT 115–66 TEXT OF THE HOUSE AMENDMENT TO THE SENATE AMENDMENT TO H.R. 1625. March 21,2018.
  13. White House, OMB. Addendum to the FY 2019 Budget.
  14. White House, OMB. Budget of the U.S. Government, A New Foundation for American Greatness, Fiscal Year 2018.
  15. White House, OMB. Efficient. Effective, Accountable. An American Budget. Fiscal Year 2019.