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世界の健康安全保障を再考する:ピーター・サンズ グローバルファンド事務局長

2020年3月27日
世界の健康安全保障を再考する:ピーター・サンズ グローバルファンド事務局長
ピーター・サンズ グローバルファンド事務局長
ピーター・サンズ(グローバルファンド事務局長)

グローバルファンドのピーター・サンズ事務局長による寄稿が発表されました。

「世界健康安全保障」(global health security) という概念は、これまで多くの場合、先進国の人々の健康を守るという意味で使われてきました。しかし、サンズ事務局長は、低・中所得国の政府やコミュニティも対象とする広い定義が必要であること、既存の感染症のために目の前で多くの人が亡くなっている中、将来やってくる感染症危機に対応せよというのはむつかしく、既存の疾病対策のメカニズムや制度、組織を活用しながら新たな危機に備えるべきであると説いています。

Re-thinking Global Health Security
Peter Sands, Executive Director, The Global Fund


[仮訳]
世界の健康安全保障を再考する

グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)
事務局長 ピーター・サンズ

新型コロナウイルス危機に対し、G7とG20がグローバルな対応の調整を開始した。これにより各国の政策立案者のもとには、新たな基金、新たな組織、新たなイニシアチブを創設すべきという提案が一気に押し寄せている。しかもそれらはすべて、数十億ドル単位の資金を必要とするものである。

グローバルな対応戦略の中心は、新型コロナウイルスとの闘いを強化することである。広範な経済的および社会的影響を緩和するために、各国の中央銀行と財務省による大規模で調整のとれた介入が不可欠であるものの、究極的にはこれは健康危機なのであり、それが甚大な経済的影響を起こしているのである。(根本の健康問題に)きちんと対応しなければ、経済的な影響は解決しないだろう。

新型コロナウイルスへの対応には、2つの目標がある。死亡する人をなくすこと、そして、こうした危機が二度と起こらないようにすることである。感染症のアウトブレーク(突発的な感染拡大)時には、パニックと気の緩みという反応が繰り返されるのが常であり、このサイクルから抜け出す必要がある。

健康の安全保障という問題を考える際、私たちがこれまで使ってきた概念よりも、はるかに幅広い視野でこの問題をとらえていく必要がある。そもそも、すべてのパンデミック(世界的流行)の発端は小さなアウトブレークだ。パンデミックになった状態にのみ焦点を当てていては対応できない。小さな火花に気をつけないと、大爆発につながる可能性を見逃してしまう。

さらに重要なのは、健康安全保障の定義を、豊かな国の人びとの生命を脅かす感染症のみを対象としていてはだめだ、ということだ。そうしなければ、(豊かな国とそうでない国という)区別が道徳的に許されるのかという問題はもとより、多くの国やコミュニティに、今目の前で人々が死んでいる病気よりも、いつか死ぬかもしれない(将来の)病気のために多くの努力を割いてもらうことはできないだろう。WHOのテドロス事務局長は昨年9月の会議でこの点を強調し、一つの逸話を話してくれた。エボラウイルス病(エボラ)が発生しているコンゴ民主共和国の村を訪れた時に、コミュニティの指導者たちから尋ねられた―この何週間もの間に村では何人もの子どもたちがマラリアで死亡していたのに誰も来てくれなかった。エボラによって村人が1人死亡したとたん、防護服に身を固めた代表団がやってくる。「それはどうしてなのですか」と。

事実として、いまなお世界で最も多くの人が亡くなっている感染症-エイズ、結核、マラリア-も、すべてある時期に致死的な感染症のパンデミックとして世界中に広がったものである。先進国ではすでに死の脅威ではなくなり、健康安全保障の問題よりも人道的観点からとらえられることが多くなっている。

しかし、その見方にはいくつかの点で誤りがある。結核のような病気は、どこに住んでいても、私たちすべてにとって大きな脅威となる。 MDR-TBとして知られる多剤耐性結核は「翼のあるエボラ」と呼ばれている-エボラと同じように致命的であり、同時に感染力ははるかに強い。年間およそ25万人がこのMDR-TBで死亡している。

さらに言うと、エイズ、結核、マラリア、ポリオなどの感染症を克服するために構築したインフラや対応能力―医療のサプライチェーンや検査機関、地域の医療従事者、感染症の動向監視体制など―は、新たなアウトブレークをいち早く把握し、対応するために必要なものである。たとえば、ナイジェリアでエボラへの対応が成功したのは、ポリオ対策として確立されていた接触者追跡機能が活用できたからだ。キブ州におけるエボラ対策には、グローバルファンドの支援で結核対策として配備していた診断機材が活用された。

とりわけ大切なのは、世界の健康安全保障の新しいアプローチが機能するには、最も脆弱なコミュニティや国を巻き込み、そこへの支援の確保が必要だということである。そうでなければ機能しない。この人類社会が安全かどうかは、その最も弱い部分によって決まるのである。保健システムが最も弱く、新しい病気に最も弱い国に住んでいる人々は、自分たちが直面している大きな脅威に対処できない限り、世界の健康安全保障の新たなアプローチに加わることはないだろう。

新型コロナウイルスへの対応を強化するうえで、グローバルな組織や基金を新たに創設する案は、注意深く考える必要がある。難題が山積している低・中所得国の保健大臣は、既存の開発パートナーとの間でさえ調整を行う時間の余裕がない。ましてや新しいパートナーは言わずもがなである。感染症との闘いには、WHO、UNAIDS、UNITAID、GAVI、GFATM、GFF、WBG、FIND、RBM、StopTB、UCNTD、UNICEF、UNDPなどが既に関わっており、ご覧のとおり頭文字が吹き荒れている。しかもこれは関係するほんの一部にすぎない。

既存の国際機関や制度が持つ強みを活用しながら、この事態に適応し方向転換すべきだ。WHOは、リーダーシップ機能を強化し、戦略の策定、データ収集、規範の設定、人々の意識啓発を進めるべきである。また、グローバルファンド、GAVI、世界銀行など既存の組織や仕組みを通じ、最貧国と最も脆弱な国に資金を流していく必要がある。この三組織はすでに新型コロナウイルスへの対応を始めている。さらに、新しい治療法やワクチンの開発を促進するために、CEPIやUNITAIDなどの共同プラットフォームへの支援を加速化する必要もある。

最後に、世界安全保障へのアプロ―チは、誰もが持つ人間性や連帯へのコミットメントを基盤とすべきである。他の国の人々が感染症を媒介していると考えるべきではない。同じ人間なのである。購買力に基づくのではなく、ニーズに基づいて、新しい診断機材や治療薬、ワクチンへのアクセスを確保する必要がある。そして、疾病の脅威と闘うには、コミュニティを巻き込み人権を守ることが不可欠だ。

新型コロナウイルス感染症と闘うグローバルな戦略を考案するため、また、世界の健康安全保障に対する全く新たなアプローチを生み出すために、G7とG20による確固としてたゆみないリーダーシップが求められている。その決断は、今、必要とされている。

原文
Re-thinking Global Health Security
グローバルファンドウェブサイト VOICE に2020年3月27日掲載

ピーター・サンズ氏略歴 https://fgfj.jcie.or.jp/global-fund/exectivedirector/

 

 


日本国際交流センターによる参考のための仮訳。オリジナル英文を正文とする。

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