(公財)日本国際交流センター(JCIE) 執行理事
グローバルファンド日本委員会事務局長
伊藤 聡子
グローバルファンドが2020年から3年間に必要とする資金の調達を目指す第6次増資会合が10月9、10日、フランスのリヨンで開かれ、各国や民間ドナーから総額140億2000万ドルの資金拠出が誓約されました。保健分野の国際機関としては前例のない金額です。会合では主催国フランスのエマニュエル・マクロン大統領が「不平等と闘い、社会正義を実現して次の世代に健康でより良い世界を届けよう」と訴え、目標額(140億ドル)を超える成果が実現しました。
増資会合に至るプロセス
グローバルファンドは、3年に一度、三大感染症対策に必要な資金額を算定し国際社会に呼びかけて資金を調達しており、これを増資と呼んでいます。ドナー国政府の持ち回りで増資会合が開かれることがグローバルファンドの特徴です。
2019年1月にグローバルファンド事務局が発表した投資計画では、低・中所得国の三大感染症対策に必要な資金は3年間で1010億ドル(約10兆9千億円)であり、そのうち①グローバルファンドが最低でも140億ドルを低・中所得国での対策に投資し、②それらの国の国内資金が458億ドルまで増え、③他の国際援助資金がこれまでと同レベルに維持されれば、1600万人の命を救い、2023年までに三大感染症による死亡率が2017年と比べ52%減少する等の成果目標が設定されました。
この目標は、WHO、UNAIDSなどの国際機関や大学・ 研究所の専門家との共同作業で設定されたものです。2030年までに3つの感染症流行を終息させるというSDGsの目標を達成するために、次の3年で確実に減少カーブを軌道に乗せたいという感染症対策コミュニティの決意を表したものでした。しかし現実をみれば、主要ドナーであるG7諸国は様々な国内問題を抱え内向きになりがちであり、また、過去の対策が功を奏したことが皮肉にも三大感染症への関心を下げ、他にも保健課題が山積している中で、前回増資(123億ドル)より15%増という野心的な目標の達成は最後まで予断を許さない状況でした。
900名が見守った劇的な展開
秋の深まるリヨンで開かれた増資会合には、国家元首を含む政府関係者、議員、企業、市民社会、感染症の当事者、4名のノーベル賞受賞者を含む科学者などおよそ900人が参加しました。10月10日の最終セッションで集計結果が発表された時点では、誓約額の合計は138億ドル。このため、マクロン大統領がフランスの拠出に6000万ドルを追加し、ゲイツ財団のビル・ゲイツ共同議長もマッチングで同額を追加することを発表しました。それでもまだ、目標額 には8000万ドル不足していたことから、さらに、マクロン大統領とゲイツ氏、U2のボノ氏が増資期間中に1億ドルを集めると約束し、会場は大きな拍手と歓声で包まれました。
多様化するドナー、アフリカからも誓約
G7諸国を始めとする主要ドナーがいずれも前回より増額で拠出を約束したことが、増資の成功を導きました。日本からは鈴木馨祐外務副大臣が登壇し、6月のG20大阪サミット直前に発表していた8億4000万ドルの支援を改めて表明しました。財政難の日本が真摯に検討を続けたこと、G7諸国の中でいち早く増加を決断したことは、その後の増資交渉に弾みをつけたとして高く評価されています。
その一方、ドナーの多様化も新しい現象でした。官民あわせてドナー数は合計74に増えました。総誓約額の92.6%は政府(58か国)からの拠出であるものの、民間ドナー(16組織)からの拠出も7.4%を占め、初めて10億ドルを越えました。民間資金は増資の回を重ねるごとに増えています。また、資金援助を受けている低・中所得国からの拠出誓約も大幅に増え、アフリカからは、ナイジェリア、南アフリカをはじめ23カ国が合計7600万ドルの拠出を誓約しました。支援を受ける一方で、貢献もする。どこか矛盾した行為にも見えますが、グローバ ルファンドという国際公共財に、低・中所得国も主体的に関わりその結果に責任を持つという意味で重要な意味合いを持ちます。
当事者の存在感
グローバルファンドのピーター・サンズ事務局長は11月 の理事会で、増資に多くのドナーの賛同を得られた要因として、集めた資金を成果に結びつけてきたこれまでの実績や、主催国フランスとマクロン大統領のリーダーシップなど をあげたほか、世界中のパートナー(注)が増資を働きかけた大きなうねりを挙げました。その“パートナー”の中でも 特筆したのが、感染当事者のアドボケーツでした。
官民連携で知られるグローバルファンドの中でも当事者コミュニティの存在は、大きな特長の一つです。感染症とともに生きる人々が理事会で政府代表等と並んで1議席を持ち、意思決定に関わる国際機関は非常に稀です。増資に至る交渉でも、グローバルファンドの支援の結果として今があると自身のストーリーを語り、投資を呼びかけました。資金の調達にも、使途の決定にも関わり、意見を述べ、結果を出す責任も持つ。自分たちの病気のことを他人任せにしない、という当事者たちの強い意識の表れです。日本でも当事者による起業や当事者団体の設立、政策形成への関与も増えてきました。当事者の参画を所与のものとしているグローバルファンドのシステムは、日本の医療、障害分野でも参考になることが多いでしょう。
健在な多国間の枠組み
自国中心主義やポピュリズムが世界中で勢いを増している中で、三大感染症対策に140億ドルもの資金が集まったことは、マルチラテラリズム(多国間主義)がまだ健在であることを意味しており、グローバルファンドはその象徴です。これは、G8九州・沖縄サミットでグローバルファンド誕生のきっかけを作り、「人間の安全保障」を外交政策の基本方針として掲げる日本として誇るべきことだと思います。また三大感染症に限らず、明確な目標と手段があり、投資に対する効果が可視化され、当事者を含む民意が示されている課題は、国際社会の連帯を生みやすいということでもありましょう。
しかし、自戒を込めて日本のこの1年を振り返ると、グローバルファンドに賛同する国内の声は一部の専門家にとどまり、他のドナー国のように政治や政府を動かすほどの国民的な世論の盛り上がりに欠けたのが実態でした。来年 2020年は九州・ 沖縄サミットから20年の節目の年。エイズの流行が一国を滅ぼすかもしれないという危機感で世界が覆われていたサミット当時から今日まで、グローバルファンドという多国間の枠組みが何を変えてきたか、感染症に加えどのような役割を果たしていくべきか、国際保健分野における日本の多国間主義はどうあるべきか、ODA以外に生かせる民間のリソースはないか、日本国民にとって感染症問題の国際貢献はどのような意味があるのか、活発な議論を起こしていきたいと考えています。
(FGFJ レポート21号掲載原稿を再構成)
(注)パートナーとして挙げられたのは、感染症の当事者コミュニティ、日米欧のグローバルファンド委員会、GFAN(Global Fund Advocates Network) に代表される市民社会のネットワーク、資金を受ける中・低所得国の元首、各国の議員、技術パートナーである国際機関、親善大使の役割を果たしたアーティスト等の著名人、グローバルファンドの現在・過去の理事たち
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