今だ出口が見えない、ウクライナにおける戦争。ウクライナは、東欧・中央アジア地域の中で、HIVが2番目に流行している国で、戦争は同国のエイズ対策に深刻な影響を及ぼしています。戦争下であり、かつ、HIV陽性者やキーポピュレーション(対策のカギとなる人々)に対する差別や偏見がある中で、HIVの感染予防のための内服(PrEP)を求める男性同性愛者とサポートする人たちを取材した、グローバルファンドの特集記事を紹介します。
ウクライナで避難生活を送る人々への緊急エイズ予防対策
2022年11月23日 グローバルファンド
ハリコフ市にあるヴァディムの家の近くで500キロ爆弾が爆発したのは、ロシアによるウクライナ侵攻から7日目のことでした。
「家が揺れ、真っ暗で、飛行機が低空飛行していました。もし、その夜を生き延びたら、朝には逃げようと決めていました」とヴァディムは言います。
彼はバイオテクノロジーの専門家で、逃げ出すまでの15年間、梱包材を製造する会社で主任技術者として働いていました。
「素晴らしい仕事に恵まれ、友人も家族もいて、持ち家もありました。しかし戦争が起きたことで、離れざるを得なかったのです。」
ヴァディムは、ウクライナでの戦争により、安全を求めて故郷を離れなければならなかった推定1400万人の一人です。現在、逃れてきた同国西部のリヴィウ市でも、安全や安定には程遠い状況です。
「一発のミサイル攻撃で自分が立てていた計画の変更が余儀なくされ、一瞬で生活が一変してしまうのですから、物事を計画するのは非常に難しいことです」と彼は言います。
中断されたHIVサービス
ヴァディムは、故郷を離れ、紛争に巻き込まれるという危険と恐怖に加え、HIVに感染しない状態を維持することにも不安を感じていました。ロシア軍の侵攻の4日前から、PrEP(プレップ)の服用を開始していたのです。
PrEPとは、暴露前予防内服(Pre-Exposure Prophylaxis)のことで、HIVへの感染予防のために予防薬を服用することです。PrEPは非常に効果的で且つ安全で、HIVに感染する可能性を99%減らすことができます。
ウクライナは戦争前、東欧・中央アジア諸国の中で2番目にHIVが蔓延している国でした。しかし、市民社会を含むウクライナの強力なリーダーシップにより、感染者は着実に減少していました。しかし、現在では、戦争による避難、HIVサービスの中断、人々のトラウマが、新たな感染拡大につながることが懸念されています。
「私はどこで、どうやってPrEPを入手すればいいのかわかりませんでした。そもそもこんな悩みをソーシャルワーカーに打ち明けてよいのかどうかも心配でした」とヴァディムは言います。
しかし、戦争開始から約6週間後、ヴァディムが追加でPrEPを必要とした時、男性と性行為をする男性を対象としたHIVの予防、検査、治療サービスを提供する新しいクリニックがリヴィウにオープンしたのです。ヴァディムは、最初にクリニックを利用した患者の一人でした。
リヴィウに新規開業したPrEPクリニック
アンドレイ・ボゴスラヴェッツはこの3年間、ウクライナにおいて男性同性愛者のための最大の組織であるAlliance GlobalでPrEPのプロジェクトマネージャーを務めています。この組織は、グローバルファンドの支援を受けて、市民団体のAlliance for Public Healthと緊密に連携し、HIVの予防、検査、治療サービスを提供するとともに、医療サービスの利用を妨げる差別や偏見をなくすための政策提言を行っています。
アンドレイは、戦争がAlliance Globalの活動に影響を与えるだろうことは自明だったと言います。「もうすべて終わりだ、と最初に思いました。人生をかけてきたことすべてを失ってしまった。」
3月中旬までに、Alliance Globalがウクライナで運営していた6つのPrEPクリニックのうち、5つのクリニックが運営できない状態に追い込まれました。アンドレイと同僚たちは、多くの人々が安全を求めて避難している同国西部で、PrEPの必要性が高まっていることを次第に認識するようになりました。
「多くの人々がここ(リヴィウ)で避難生活を送っていました。そこで、私たちはオフィスを開設し、サービスを開始することにしました。ウクライナ西部は宗教色が強く、当時、男性と性行為をする男性にフォーカスした組織はリヴィウにはありませんでした。」とアンドレイは言います。
これまで以上に多くの人に届くPrEPサービス
都心に位置するオフィスには、ドアに「検査」とだけ書かれた控えめな看板がかかっています。ドアの向こうでは、ソーシャルワーカーのヴィタリィと医療コンサルタントのリュドミラが週7日、診察しています。
ヴィタリイは、戦争が始まって最初の2、3カ月は混沌としていたと言います。リヴィウにたどり着いた人たちは、どこでサービスを受ければよいのかわかりませんでした。
「リヴィウで抗レトロウイルス療法とPrEPをタイムリーに提供できたことが、夏にここでHIVが流行するのを防ぐのに役立ちました」と彼は言います。
4月には、リヴィウに開設したオフィスはうまく機能するようになりました。
「男性同性愛者にとって、検査を受け、PrEPを処方してもらい、情報や支援、コンドーム等を受け取ることができるのは画期的なことです。しかもそれらはすべて無料で、一箇所で済むのです」とソーシャルワーカーのヴィタリィは言います。
ヴァディムは、こうした重要なサービスを利用できることに感謝しています。
現在、ヴァディムは、住む場所のないLGBTQI+の人々のために、Alliance Globalが運営するシェルターの運営管理をしています。
「Alliance Globalは、私の人生にポジティブな変化をもたらしてくれました。最初にオフィスを訪れて検査を受け、PrEPを受け取ったことに始まり、今に至るまで。この1年で、私の人生は大きく変わりました」と彼は言います。
グローバルファンドは、米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)と連携して、ウクライナ全土でPrEPサービスを支援しています。
ウクライナでは、今年、7400人以上がPrEPの服用を開始しました。そのうち半数以上が、紛争最中の7月から9月にかけて開始しました。今年PrEPを開始した人の約80%は、Alliance for Public Healthの支援を受けています。ウクライナの国家PrEP戦略は、2023年末までに11,000人以上にPrEPを届けることを目標としています。
グローバルファンドのウェブサイトに掲載されたニュース記事をもとに、グローバルファンド日本委員会にて作成しました。原文はこちら。
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