2021年2月11日に、グローバルファンドのピーター・サンズ事務局長、国連開発計画(UNDP)アヒム・シュタイナー総裁による寄稿が発表されました。
有効な新型コロナウイルス感染症ワクチンの開発が進み、世界では徐々にワクチン接種が開始されている国も出てきていますが、ワクチンが低・中所得国で利用可能になるには、物流、資金など、様々な課題をクリアしなければならず、時間がかかります。現在直面している課題をクリアし、ワクチンや治療薬が開発され世界中で公平に供給されるようになるまで、新型コロナウイルスを抑えるためには、依然としてファンダメンタルズ(基礎的な対策)― 検査を広め、接触者を追跡し、陽性者を隔離すること ―が重要であると説いています。
Safely Reopening Requires Testing, Tracing and Isolation, Not Just Vaccines
11 February 2021 by Peter Sands, Executive Director of the Global Fund & Achim Steiner, UNDP Administrator
[仮訳]
(経済・社会の)安全な再開には、ワクチンだけでなく「検査・追跡・隔離」が必要
2021年2月11日
ピーター・サンズ(グローバルファンド事務局長)
アヒム・シュタイナー(国連開発計画総裁)
いかに効果が高くても、ワクチンだけでは不十分なのです。
過去数か月で、有効な新型コロナウイルス感染症ワクチンの開発が急激に進み [1]、パンデミックに疲弊した世界中の人々に安堵をもたらしています。しかし、ワクチンがいかに効果の高いものであっても、この世界的パンデミックを終息させるまでには至らず、また、世界で最も脆弱なコミュニティの人々にとっては、ワクチンが届くのはずっと先のことになるでしょう。
モデルナ社とファイザー社のワクチンは、記録的なスピードで開発されました。しかし、ワクチンの発表は大きな課題を浮かび上がらせました。厳格な温度管理が必要なコールドチェーンを通して約80億人に2回分のワクチンを届ける必要があり、しかも多くの人々が、資金不足で医療制度が逼迫した状況にある地域に住んでいます。こうした課題を克服するのはたやすいことではありません。物流面で対処できたとしても、必要としているすべての人にワクチン、治療、検査キットを届けるには時間と費用がかかるのが現実です。かつてHIV陽性者の治療に効果がある抗レトロウイルス薬が導入されたとき、最も貧しいコミュニティにまで薬が到達するのに7年かかりました。これは深刻に受け止めるべき教訓です。その間に、何百万人もの命が奪われ、さらに何百万人もが感染し、HIVパンデミックは拡大を続けたのです。
こうした障害を乗り越え、ワクチンと治療薬が開発され世界中で公平に供給されるようになるまで、このウイルスを抑えるためには、依然としてファンダメンタルズ(基礎的な対策)が重要なのです。
長年、多くの国が、パンデミックを抑えるために、効果が実証された手段に頼ってきました。公式はシンプルです。検査を広め、接触者を追跡し、陽性者を隔離すること、これに尽きるのです。この明快かつ効果的な手順が、経済と社会を安全に再開する鍵を握ります。これを可能にするのは、検査・診断を一刻も早く公平に拡大することです。これは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を抑制するための最も重要な手段として実証されてきました [2]。検査・追跡・隔離―今後、より多くの治療法が利用できるようになれば最終的には検査・追跡・治療―がウイルスを抑制する効率的で[3]持続可能な[4]方法です。特筆すべきは、この手順が最終的な緊急措置としてのロックダウン[5]とは対照的であることでしょう。ロックダウンは、一般社会の支持や信頼を損ないかねません。しかし、ワクチン接種やマスクの着用など他の有効な公衆衛生措置の実践にはこうした支持や信頼が不可欠なのです。
この戦略は、結核など古くからある感染症に対して何十年にもわたり世界中で実行され成果を上げてきました。さらに新型コロナウイルス感染症との闘いにおいても効果をもたらしています。
高所得国であるシンガポールや韓国、低・中所得国であるセネガルやベトナムでは、盤石な公衆衛生システムと迅速で大々的な検査・追跡・隔離戦略により、指導者は新型コロナウイルスの感染拡大を抑えてきました[6]。こうしたシステムの多くは、エイズ、結核、マラリアなどの他の感染症との闘いで積極的な投資により構築されたもので、各国政府と国連開発計画(UNDP)やグローバルファンドなどの国際機関が20年にわたり、その構築を支援してきました。アフリカ疾病対策センターのジョン・ヌケンガソン所長は、検査と接触者追跡、マスク着用に関する公衆衛生の情報発信を広めることに注力した「大陸横断的な取り組み」が、多くのアフリカ諸国で新型コロナウイルスとの闘いにおいて助けになってきたと強調しています[7]。こうした感染症の流行を抑制する基礎的な対策に投資がなされていたことは、アフリカ諸国の多くが世界の他の国よりも短い期間のロックダウン措置で済んだことにつながっています。
しかし、上手に対応したこうした国でさえ、前例のない規模のパンデミックを前に、苦慮しています。そして国内外の混乱の打撃をまっさきに受けるのはいつでも、最も助けが必要なコミュニティなのです。
事実、高所得国では一般的に、低・中所得国に比べてはるかに高い割合で検査を行うことができます[8]。たとえば、英国では10万人につき4万2000件以上の検査を行う能力があり人口の半数近くに対応できる一方、ニジェールなどの国では10万人につき行える検査数はわずか143件となっています。もっとも、汎米保健機構(PAHO)が南米諸国で新しい検査手順を実施し医療従事者を支援するなど[9]、迅速検査の開発と展開の推進に希望の持てる新しい動きがあるのは心強い限りです。
しかし、私たちにはさらに多くの対策を行うことができ、またそうする責任があります。
「Access to COVID-19 Tools Accelerator」(ACTアクセラレーター)は、世界中の人が、一人わずか77セントを負担すれば[10] 、使いやすく安価で信頼性の高い検査を誰でもどこでも受けることができることを突き止めました。これが実現すれば、低・中所得国で少なくとも900万人の命を救い、15億件以上の新型コロナウイルス感染を予防する助けとなります。しかし、検査5億キットを供給するというACTアクセラレーターの目標のうち、調達と供給が行われたのは、わずか2,000万キットです。さらに、ACTアクセラレーターを通じて低・中所得国に1億2000万件の迅速検査キットを確保できる画期的な合意が締結されましたが、これまで調達した資金でまかなえるのは、検査1,600万キット分にとどまります。
最も必要な人々へ検査・診断の規模を拡大するために、早急な資金調達が求められています。さもなくば、世界の格差に拍車がかかり、極度の貧困、食糧不足、失業に苦しむ低・中所得国を中心に何百万人もの命が脅かされるでしょう[11]。
また、がん検診、HIV治療、予防接種など必要不可欠な医療サービスの中断にもつながります[12]。適切なリソースがなければ、新型コロナウイルスと診断されないままとなり、エイズ、結核、マラリアと闘っている国が2030年の持続可能な開発目標[13]に掲げた流行終息に向けた軌道に戻る妨げとなります。いま行動しなければ、貧困やジェンダー不平等など根本的な課題に対する進捗は後退してしまうでしょう。
共通の公衆衛生目標のための検査・追跡・隔離システムの構築に必要なリソースと能力を各国政府に提供する必要があります。そうすることで、供給が難しいワクチンとロックダウンというパンデミック抑制手段に頼りきりの状況を脱して、さらに経済的困難が進むのを防ぐことができます。そしてまた、新型コロナウイルスへの対応にとどまらない恩恵ももたらすでしょう。こうした取り組みの規模を拡大することで、支援が最も必要な国での医療体制の強化、緊急時への準備体制の改善、地域社会の強靭性の向上により、意義のある長期的な利益として結実します。それが結果的には、あらゆる国にとって、2030年に向けた誓約の実現に一歩近づく助けとなるはずです。
(グローバルファンド日本委員会による仮訳)
寄稿内 文献:
[5] The UK needs a sustainable strategy for COVID-19 (The Lancet, November 9, 2020)
[7] Coronavirus: Health chief hails Africa’s fight against Covid-19 (BBC NEWS, September 23, 2020)
[8] It All Starts with Testing (The Global Fund, November 5, 2020)
[13] 2030 Sustainable Development Goals