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アジアの薬剤耐性マラリアと日本

2014年9月12日
アジアの薬剤耐性マラリアと日本

マラリア対策の今

アジアの薬剤耐性マラリアと日本

マラリア対策に対する世界的な支援により、この10年で数百万件のマラリアによる死が回避されたとも推計され、その歩みは着実に前進しています。しかし、薬剤耐性マラリアの広がりがこの歩みを後進させてしまう要因となることが今懸念されています。この薬剤耐性マラリアの課題や日本に及ぼす影響について、世界基金疾病別委員会(マラリア委員会)で委員を務める狩野繁之氏にFGFJレポートにご寄稿いただきました。

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狩野繁之
国立国際医療研究センター研究所
熱帯医学・マラリア研究部部長

世界におけるマラリア対策は、今たくさんの国や地域を巻き込んで、成功に向けて大きく加速し始めています。その一方で 2015 年より先の国際開発目標(ポストMDGs)に向けた議論では、マラリア対策ヴィジョンに5年ごとのマイルストーンを定めて、困難な目標に向かって着実に邁進してゆく必要性が認識されています。私たちは、まだマラリアとの戦いに勝利していません。そして最も苦戦を強いられている敵が、アジアにおける薬剤耐性マラリア(薬に耐性を持ち、薬が効かないマラリア)です。その出現と拡散の歴史を見てみましょう。

 

薬剤耐性が次々と

クロロキンがマラリアの特効薬として世界で使用され始めたのは、第2次世界大戦が終局を迎えた1945年のことでした。同薬は安価で、副作用も極めて軽微であることも好まれて、その後世界の流行地で広範に使用されました。その結果、1950年代後半になって、クロロキン耐性の熱帯熱マラリアが、タイ・カンボジア国境付近で初めて報告されました。そして1980年代には、広くアフリカ全域にまで拡散したのです。

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さらにスルファドキシン/ピリメタミンの合剤であるファンシダールに対する耐性の拡散や、その後に開発されたメフロキンに対する耐性の出現も次々とアジアから報告され、いまでは大メコン地域国(タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー)は、多剤耐性マラリアの蔓延する地域として定着した感があります。

わが国で使用できる抗マラリア薬(メフロキン、キニーネ、ファンシダール)では、アジアから熱帯熱マラリア患者が来日しても、国内では 50%以上の確率で治せない(死亡する!)状況になっています。

 

アルテミシニン耐性マラリアの広がりを止めよ

青蒿
青蒿
大メコン地域におけるアルテミシニン耐性マラリア(確認例・疑い例)発生分布 WHO Factsheet No.194
大メコン地域におけるアルテミシニン耐性マラリア(確認例・疑い例)発生分布 WHO Factsheet No.194

その後、2000年代に入り、新たな特効薬としてアルテミシニンを使った薬剤が使用されるようになってきました。アルテミシニンは中国名で青蒿というヨモギ属の植物からの生薬で、中国の古典的記述では、少なくとも紀元前2世紀から抗マラリア薬として使われていました。

 

科学の力で

アルテミシニンの有用性は、①迅速に血液中の原虫を排除し、②重症マラリアの症状消失に優れ、③副作用の報告が少なく、そしてなによりも④多剤耐性熱帯熱マラリアに有効なところです。世界基金を中心としたマラリア対策資金により、アジアの流行地域にはアルテミシニン誘導体を基盤とした混合薬がたくさん投入されています。しかしながら、アルテミシニンへの耐性を持つマラリアの発生が大メコン地域において既に報告されはじめています。果たして私たちはアルテミシニン耐性の世界的拡散を阻止できるでしょうか?アルテミシニン耐性マラリアの封じ込めには、マラリア原虫が耐性を獲得する仕組みの解明(責任遺伝子の構造や機能を明らかにする)などの自然科学技術の研究成果が必要です。一方でアルテミシニンの品質向上と薬が必要な場所に行き渡るよう適切な戦略を講じる社会科学技術の研究成果も同時に求められます。

わが国は世界基金の世界第5番目のドナー国であり、その適切な運用と「新しい資金供与モデル」に積極的に関与していくことで、今こそ、アルテミシニン耐性マラリアの世界的拡散を克服し、かつて日本国内で勝利したマラリアとの戦いをアジアでも勝たなくてはなりません。


FGFJレポートNo.7(2014年9月)掲載

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