住友化学株式会社は20年以上前から、殺虫剤を繊維に練り込んだ蚊帳の開発を進め、マラリア対策の切り札として国際的に高い評価を受けています。マラリア防圧の最前線で国際的に活躍されている同社の専務執行役員西本麗氏に、マラリア対策の動向と今後の課題についてご寄稿いただきました。
西本 麗
住友化学株式会社 代表取締役専務執行役員
ミレミアム開発目標(MDGs)時代のマラリア対策の成果と課題
発展途上国の開発促進を図るために設定された国連MDGsの下で、マラリアをはじめとする感染症対策は重要な位置づけを占め、2015 年までの15 年間で大きな成果を上げることができました。世界保健機関(WHO)によると、その間マラリアの死亡推定数は60%以上減少し、620万人の命を救い、57ヵ国でマラリア症例を少なくとも75%減少させました。また、マラリアとの闘いは、貧困をなくすと共に、妊婦・子供の健康改善に極めて重要との認識が浸透したこともこの間の成果ということができます。
しかし、まだマラリアの年間症例数は2 億1400万件、死亡者は43万8000 件もあるのです。過去100 年間のマラリア対策の失敗の歴史を繰り返さないためにも、我々はここで手を緩めることなく、政治、保健行政、研究開発等の各分野で強力なコミットメントを続けていく必要があります。
2030 年のマラリア防圧向けた新たな取組み
近年、マラリア撲滅に向けた様々な取り組みが加速しています。WHOは、2030 年までにマラリアによる死亡者を2015 年比90%減等の目標を定めた「マラリアに対するグローバル技術戦略2016−2030」を承認し、①マラリア予防策、診断薬、治療へのユニバーサルアクセス、②マラリア制圧への努力加速化、③マラリア調査の変革を強調した技術的な枠組みをすべてのマラリア流行国に提供していきます。並行してマラリア防圧のための世界的なパートナーシップ、ロールバック・マラリア(以下RBM)は「 マラリア制圧に向けた行動と投資2016−2030」を策定し、その目標達成のために関係者に研究開発の継続を含む具体的な取組みを呼びかけています。
また、2013 年の東アジアサミットで「アジア太平洋リーダーズ・マラリア・アライアンス」が発足し、2014 年には日本を含む18ヵ国首脳が2030 年までのマラリア防圧目標とすることに合意し、国境を越えた地域の取り組みが始まりました。これはすでにアフリカで活動している「アフリカリーダーズ・マラリア・アライアンス」にならった地域取組み強化の一環です。
RBMも持続可能な開発目標(SDGs)時代への対応を強化すべく、理事会・事務局組織を大幅に刷新して本年4月に再発足しました。筆者も民間代表の理事として選任されました。
バンコク、イスタンブール、ジュネーブとバルセロナで考えたこと
筆者は5月から6月にかけて開催された各種国際会議に出席する機会がありました。5月12、13日バンコクでのアジア太平洋マラリア防圧ネットワーク年次総会、アジア太平洋リーダーズ・マラリア・アライアンス高官会議、5月22日からのイスタンブールでの国連世界人道サミット、6月1、2日はジュネーブでの新RBM 理事会、そして6月13日の週にバルセロナでのハーバード大等3 大学共催のScience of Eradication Malaria課程履修、と文字どおり東奔西走の慌ただしい1ヵ月でした。
その中では、G7伊勢志摩サミットを前に発表された日本政府の国際保健に関るイニシアティブについて、グローバルファンドの第5次増資への8億ドル拠出コミットメント等の具体的な取組みも含めて賞賛、感謝の声を聞くことができ、世界から日本への期待の大きさを改めて感じました。
産官学のさまざまな層の方との議論の中で、グローバル・地域・国各レベルの協働の枠組みをいかに強化していくか、技術開発面での民間企業の力をいかに活用していくか、官民パートナーシップをいかに促進するか等々、MDGs 時代から言われている課題に飽きることなく継続して取り組んでいくことが重要と改めて認識した次第です。
本年5月の世界保健総会で、WHOは改めて感染症の媒介害虫を防除するベクターコントロール分野での取組みの重要性と体制強化を表明しました。これはマラリアだけでなく、デング熱・ジカ熱等蚊等の媒介害虫対策が世界的に求められていることが背景にあります。弊社も60 年を超える生活環境剤の開発の知見を活かして、新たな技術・製品の開発を通じて引き続きマラリア対策に貢献していきたいと考えています。
西本 麗 住友化学株式会社 代表取締役専務執行役員 大阪大学経済学部卒業後、(当時)住友化学工業株式会社に入社。農業化学業務室部長、執行役員、常務執行役員を経て現職、健康・農業関連事業部門を統括。2016 年4月にロールバック・マラリア(RBM)の民間代表の理事として選出。
FGFJレポートNo.10(2016年8月)掲載