世界エイズデー特別シンポジウム「ウィルスとの闘いとの最前線」ピーター・ピオット教授「No Time to Lose」出版記念

  • 2012年11月29日
  • 東京| 政策研究大学院大学想海樓ホール

この記事の掲載日 : 2013年03月22日(金) この記事のカテゴリー : ,



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世界エイズデーを直前に控えた2012年11月29日、日本国際交流センター/世界基金支援日本委員会では、JETROアジア経済研究所との共催で特別シンポジウム「ウィルスとの闘いの最前線:世界を動かす現場力」を開催しました。

1980年代にエイズが報告されて以来、人類とエイズとの闘いは非常に厳しいものである反面、「最も成功したソーシャル・ムーブメント」と言われるほど、広範なインパク トを生み出してきました。医師や科学者だけでなく、政府、企業、NGO、HIV陽性の人々やその支援者など、多くの組織や個人の行動が大きなうねりとなっ たことで、ついには国際政治を動かし、かつては不可能と考えられていた途上国でのエイズの予防と治療が可能になりました。こうした経験は、エイズだけでなく他の病気や、貧困や環境などの グローバル課題解決にも教訓を与えています。

本シンポジウno time to lose coverムでは、国連合同エイズ計画の初代事務局長としてエイズとの闘いの最前線で陣頭指揮をとり、著書No Time To Lose: A life in pursuit of deadly viruses を本年5月に発表したばかりのピーター・ピオット教授(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院学長)をキーノート・スピーカーに迎え、ソーシャルムーブメントの原動力やエイズの流行を終結させるために何が求められているかについて、お話しをうかがいました。また第2部では、企業とエイズに着目し、アフリカ投資にエイズがどのような影響を与えているか、さらに、トヨタ自動車を例に企業がアフリカのエイズ問題といかに闘っているか、エコノミストの視点から研究成果を発表しました。第1部の基調講演と対談の要旨は以下の通りです。


ピーター・ピオット
Peter Piot ロンドン大学衛生熱帯医学大学院学長、前国連合同エイズ計画(UNAIDS)事務局長

自伝を書くような年齢にはまだ達していないのだが、エイズとの闘いの記録を残しておきたいという気持ちから、3年がかりでこの本を執筆した。エイズ対策の記録としてだけではなく、世界中に広がったこのムーブメントを大局的に捉えてきちんと整理しておきたいと思ったからだ。エイズ・ムーブメントの成功は、天から降ってきたわけではない。何千何万という人の努力が結集し、それがグローバルに広がったことが成功につながったと言えるだろう。この本の索引はエイズとの闘いに関わった多くの人の名前で構成されている。

未知のウィルスの出現

1980年代の初頭に米国でエイズが報告され始めた時、それは男性同性愛者の間の病気として報告されていた。だが、アフリカで似た症状が女性の患者にも多く現れているのを診ていた経験から、私はこの病気は性的志向とは関係ないと確信をもっていた。そして、アフリカで広がれば大変なことになると直感した。ザイールの病院で、エイズ患者で溢れかえる女性病棟に入った時のことは今でも忘れられない。衝撃だった。その時のことをオランダ語でこうメモに残している「信じられない。アフリカの悲劇だ。何とかしなくてはいけない。これがすべてを変えてしまうだろう」。これが、エイズに生涯をささげようと決意した、ひらめきの瞬間(aha moment)だった。

世界を変える

その後、アフリカで臨床と研究を続けたが、データを集めて研究だけしていても何も変わらないと焦燥感を感じるようになった。急速に拡大しているエイズと闘うには、世界を変えなければいけない。そこで政策に影響を与えることができる立場のWHOに加わり、また国際エイズ学会の会長として科学者を束ねる立場にもなった。それはちょうど、エイズ・ムーブメントが始まろうとしていた時期だった。ムーブメントを突き動かしていたのはHIV陽性者の人権を守ろうとするアクティビズムであり、HIV陽性の人々が生きるための命をかけた闘いだった。

UNAIDSの誕生

やがてエイズの深刻な事態に気づいた国際社会は、エイズは医学だけの問題ではなく、開発の問題であり、経済の問題でもあり、WHOを超えた取り組みが必要だと認識するようになった。UNAIDSの設立には、そうした背景があった。初代の事務局長となった私は、突然、国際政治の真っ只中に放り込まれた。政治のジャングルは、実のところ、アフリカのジャングルより複雑で手ごわいものだった。

私はUNAIDSで5つの目標を掲げた。第1に、どこにどれだけエイズ患者が存在するのか、情報を集め調査し文書にして提示すること。第2に、解決方法を見つけること。解決方法が見えない課題には誰もおカネを出さないからである。成功例さえあれば協力は得やすい。第3に、協力体制を作り上げること。エイズは単一の組織で闘うには大きすぎる課題である。第4に、国際社会の重要な政策課題として位置付けること。2001年の国連エイズ特別総会で45名の元首・大統領の参加のもとに宣言を出せたことはそのターニングポイントとなった。そして最後は、エイズ対策の資金を集めることだった。資金の問題は2002年の世界エイズ・結核・マラリア対策基金の設立で前進したが、それでも途上国の人々にとっては薬の価格が高すぎるという問題は残った。私はその価格を下げる交渉に辛抱強く関わった。

エイズ・ムーブメントの教訓

グローバル・エイズ・ムーブメントの教訓として、3つのことを挙げたい。第1に、確固たる信念を持つ多くの人が結集してムーブメントを作れば、「山」は動く。第2に、何事も長期的な視点を持つこと。エイズのように長い期間にわたり治療を必要とする病気だからこそ言えることであるが、すぐに成果が出なくとも意気消沈する必要はない。第3に、リーダーシップ、科学、政治の必要性であり、それらが協働することの重要性だ。どのセクターも単独では、エイズのような複雑な問題は闘えない。

エイズ対策の今後の課題

エイズ対策は過去30年で大きな成果をあげた。新規の感染はようやく減り始め、治療の拡大により、HIVに感染しても多くの人が長く生きられるようになってきた。しかし、エイズは終わったわけではない。今、対策の手を緩めてはならない。現在治療している人たちの命にかかわるだけでなく、感染の勢いがぶり返し、これまでの努力が水泡に帰す危険性があるからだ。

世界的な経済の低迷により、エイズ対策資金も伸び悩んでいる。エイズ対策はより戦略的になっていかなければならないだろう。感染リスクの最も高い人々への対策を集中的に行い、また、効果的に感染拡大を防ぐための革新的で廉価な手法が必要だ。

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対談

■ 大村 朋子 (聞き手) 
  日本放送協会(NHK)国際放送局ニュース制作部 チーフ・ディレクター

大村 朋子

大村: 30年という長い年月がたつのに、なぜ人類はエイズを克服できないのだろうか?

ピオット: それは、エイズが実に複雑な課題だからではないか。エイズは、性やセクシュアリティという人間の存在そのものに関わる課題であり、また貧困、不平等、女性の地位、差別偏見なども深く関わる。もっとも、30年の間に何も進展がないわけではなく、エイズ対策は大きな進展を遂げた。しかし、進展すればするほど、もう大丈夫だという安心感を生みやすい。私はこのパラドックス(逆説)を危惧している。

大村: 日本人である私たちは何ができるだろうか。日本の経済力から考えると国際社会からは日本企業に期待が寄せられていると思うが、企業にはどのような役割があるか?

ピオット

ピオット: 国境を越えて人やモノが行き交う今日、たとえ日本国内で感染率が低くても、海外で事業をする以上、日本にも感染が拡大する可能性があることを認識する必要があるだろう。

まず第1に、エイズが流行する国で事業をする場合の、従業員に対するエイズの予防やケアである。これは、日本企業が得意とするところだろう。貧しい国では、公的な保健医療制度が整っておらず、企業の保健医療サービスへの期待が高い。第2は、製品やサービスをエイズ対策に役立てること。医薬品はもちろんだが、音楽番組のMTVのように、一見すると保健医療とは無関係の企業でも、若者に人気の音楽番組を通じて、政府より効果的に若者にエイズ予防のメッセージを伝えられる。さらに挙げるとすると、企業が持つマネジメント力にも学ぶべき事が多い。エイズ対策には多くの税金が投入されており、その資金は最も効果的に使われなければならない。ビジネスセクターの効果的・効率的な慣行は、value for money(投資した資金あたりの価値)を高める。

大村: 多くの国で、感染症より非感染症の方がより大きな死因になってきていると聞く。なぜ、今でもエイズなどの感染症対策にエネルギーと資金を投入しなければならないのか?

ピオット: 確かに、世界中で糖尿病や癌などの慢性疾患による死や障害が急速に増えている。しかしながら、感染症対策は引き続き必要だ。それにはいくつかの理由がある。まず、サハラ以南アフリカでは、エイズはまだ第一の死因で、結核とマラリアも主要死因ということである。第2に、感染症対策と非感染症対策は、二者択一であってはいけない。両方必要だ。興味深いことに、エイズ対策は非感染性疾患対策の良いモデルになる。抗レトロウィルス治療が拡大し、HIV陽性者が生存する期間が格段に長くなってきたことで、エイズは慢性疾患になってきている。貧しい国で慢性的な疾患の対策としてはじめて確立されたのがエイズであり、その経験は非感染性疾患に応用することができる。シナジーを作ることが大事だ。 第3に挙げたいのは、感染症は文字通り感染するということだ。たとえ遠く離れた地域でも、人の移動に伴い感染が広がり、世界中に深刻な影響が出る。感染症をコントロールすることは、グローバルな公共財であるという認識を持つべきだ。

大村: 著書には「エイズという病気は、人間の最悪の面と最良の面を見せてきた」とある。具体的にどういうことか?

ピオット: 初期は、最悪の面がよく現れていた。本来は患者を助けるべき医者がエイズ患者は診ないと拒絶する。本来は誰でも受け入れるべき教会がHIV陽性者を追い出す。最悪なのは、HIVに感染しているという理由で殺されることもあった。しかし、時がたつにつれ、人間の最良の面と思われることも見えてきた。言い古された言い方だが、エイズをめぐって人々の間で国際的な連帯が生まれたのは素晴らしいことであるし、政府であれ個人であれこの問題に惜しみない貢献をする人が増えてきた。かつては薬の価格をめぐって闘った企業も、今では、新しい治療薬を出す時には先進国用の価格と途上国用の価格を別々に設定してくれるようになった。そして何よりも、病の影響を受けた当事者たちが、問題の解決に重要な役割を果たすようになった。このような状況はエイズが初めて作ったといえる。

大村: エイズと闘うエネルギーはどこから生まれてくるのか?

対談

ピオット: 現代の最重要課題の一つだからだ。それでも遅々として進まない時には、意気消沈することもある。そんな時にエネルギーをもらうのは、やはりHIVと闘っている陽性者の人たちからだ。どの国に行っても、大統領や閣僚だけでなく必ずHIV陽性の人たちと会うことで元気をもらっている。

大村: 日本の貢献をどう評価するか、今後は何を期待するか?

ピオット: エイズは国際協力や開発援助の新しいパラダイムを拓いた。世界基金がその良い例である。日本は、その世界基金の誕生の原動力となり、その後も継続的に主要ドナーであり、重要な役割を果たしてきた。日本には国際舞台でもっと影響力を発揮してもらいたい。今は、日本の地位にふさわしい影響力を行使していないのではないか。日本には戦後、結核を克服し、母子の死亡率を下げ、栄養不良を改善してきた素晴らしい実績がある。ぜひ世界に向けて語っていただきたい。さらに、ノーベル賞を輩出する日本の科学にも期待がかかっている。

大村: 日本ではエイズに対する差別偏見はまだ根強く、HIV陽性の人たちは就業や生活面で苦労している。この状況をどう見るか?

ピオット: 他国に比べれば感染率は低い。しかし、日本でもHIV感染は増えている。差別や偏見を取り除き、国内の対策をしっかり行うことが重要だ。国際的な協力と国内の対策は不可分ではないだろうか。良い対策は足元から始まる。

【主催】 日本貿易振興機構アジア経済研究所、公益財団法人日本国際交流センター、世界基金支援日本委員会
【協力】 公益財団法人エイズ予防財団、特定非営利活動法人AIDS&Society研究会議

 

→第二部を含むシンポジウム全体の概要および登壇者の略歴はこちら

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