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アジアの結核対策における地域アプローチ

2017年8月30日
アジアの結核対策における地域アプローチ

 

感染症の対策には国境を越えた協調が重要です。グローバルファンドは国を単位とした支援を基本としていますが、それとは別に複数国をカバーする地域アプローチも支援されています。13号のFGFJレポートは、世界保健機関(WHO)西太平洋地域の結核専門家、錦織信幸結核対策課課長に、アジアにおける地域アプローチの必要性についてご紹介していただきます。

錦織信幸
世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局結核対策課 課長

FGFJreport13-1
世界保健機関とグローバルファンドの協力により、大洋州の島国でも通常の薬が効かない多剤耐性結核の患者に高価な抗結核二次薬を迅速に提供できるようになった

地域アプローチの例:移民の結核

近年アジア地域ではこれまでにも増して人の移動が盛んになっており、それに伴う感染症の拡がりも問題になっています。結核は治療が長期に及ぶことから、国境を越えて移動する人たちに対して適切な診断治療を提供することがむずしい病気です。とくに出稼ぎを目的とする労働移民は、結核の高まん延地域から、結核が比較的少ない地域に移動する傾向があり、国境を越えて協力関係を構築することが不可欠です。

FGFJreport13-2
メコン地域では国境を超えた人の移動が盛んである。タイからカンボジアに強制送還される人々(カンボジアのタイ国境近くの町)

一概に移民の結核対策といっても、地域によって課題は様々です。メコン川下流のある地域では、カンボジアの住民がベトナムの医療機関にかかることが慣習化している地域があります。その地域ではカンボジアの結核患者さんがベトナムの医療機関で治療を開始することも多いのですが、患者がカンボジアに戻って治療中断してしまった際にベトナムの医療機関ではフォローできないという問題が起こっています。マレーシアはアジア諸国に先駆けて工業化が進んだ国ですが、その労働力は周辺国からの出稼ぎ労働者で支えられています。インドネシア、フィリピン、ベトナムなど高まん延国出身の労働者に発生する結核はマレーシアの保健システムにとって大きな負担になっている一方、雇用者等による不当な差別も問題になっています。

また、オーストラリアとパプアニューギニアの国境周辺には通常の抗結核薬が効かない多剤耐性結核が非常に多い地域があり、周辺国にとって大きな脅威となっています。そのためパプアニューギニアの不十分なインフラ環境の中で援助機関等が莫大な資金を投入して診断治療体制を確立しているという例もあります。日本においても近年移民における結核が急増しており、すでに若年者結核の半数近くを占めています。出身国によっては多剤耐性結核の割合が非常に高いことがあり、その場合には医薬品を含めた医療費は通常の結核の数十倍にもおよびます。

いずれも各国における対策を強化するだけでは解決できない問題を含んでおり、国を超えた地域アプローチが必要とされています。これには国際的な患者紹介・情報提供のシステムづくり、国境地域における対策や調整機能の確立、多言語併記の紹介状や患者教育資料などの必要性が議論されています。

地域アプローチの例:大洋州におけるアクセスの確保

little TB patients, Chuuk State, FSM
結核の治療を受ける子どもたち(ミクロネシア連邦チュック島)

南太平洋には人口数千から数十万ほどの比較的小さな、しかし多様性に富んだ島嶼国が多く存在しています。サンゴ礁がつくりあげた環礁からなる国、山や河川に恵まれた大地をもつ島国など、自然環境、文化、人々の暮らしぶり、そして感染症のまん延度も様々です。

2007年、そんな大洋州の国の一つで結核にまつわる悲劇が起こりました。通常の薬が効かない多剤耐性結核の集団感染が発生し大きな被害をもたらしました。舞台となったのはミクロネシア連邦の島の一つ、チュック島( 日本では第二次大戦中にトラック島と呼ばれた島)でした。

不適切な結核治療から発生した多剤耐性結核が何家族にもわたって拡がり、2009 年に制圧されるまでに子供を含む4 名の死亡者を出しました。この経験で特に大きな課題を残したのは、多剤耐性結核の治療に必要な抗結核薬(二次薬)がいざ必要となったときに速やかに手に入らないという事実でした。

これをきっかけに周辺の国々やWHOをはじめとする関連機関の間で必要なときに二次薬を確保するためにどのようなメカニズムが必要かという議論が始まりました。そもそも日本でいえば市町村にあたるほどの小さな島国で、あらゆる問題に対処できるすべての医薬品を予め用意することは不可能です。多剤耐性結核は大洋州では比較的まれで、それぞれの国で見れば、数年に一度発生するかしないかという程度です。それほどまれな病気に対して、高価で保存期間の短い薬剤を各国が常備することは現実的ではありません。

様々な議論の末、WHOとグローバルファンドが協力し二次薬の備蓄配備システムを確立しました。2012 年から運用が始まったこのシステムは、グローバルファンドの資金で購入した二次薬をWHOの地域事務局が所在するフィリピンに備蓄し、大洋州で多剤耐性結核患者が発生した際にWHOが迅速に送り届けるというものです。2007年の集団発生の際に薬剤の入手が遅れ犠牲者を増やした苦い経験をきっかけに、今では診断から2 週間以内には薬剤が届き治療が開始できる体制が維持されています。

結語

グローバルヘルスの文脈で結核のような大きな課題を考えるとき、とかく人口も患者数も多い高負担国を重視しがちです。しかしながら、国家と国家のはざまで医療から取り残される移民や、人口が少なく地理的条件も厳しいがために必要な治療へのアクセスを閉ざされた地域に目を向けて、必要な支援を提供することも重要なことだと考えます。ここに挙げた例は、各国の体制強化に加えて、複数国をカバーする地域アプローチの重要性を示していると言えるでしょう。

錦織信幸
世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局結核対策課 課長
Dr. Nobuyuki Nishikiori山梨大学卒。東京の地域医療に従事した後、国境なき医師団としてスリランカの紛争避難民支援に従事。2002年よりロンドン大学および長崎大学熱帯医学研究所にて研究活動の後、2005年より国連児童基金ミャンマー事務所に赴任し、災害援助、感染症・栄養障害対策にかかわる。2009年より世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局(WPRO)にてアジアにおける社会的弱者の結核対策を推進。2012年には厚生労働省に出向し日本の国際保健政策および結核対策に関わる。2014年よりWHO WPRO結核ハンセン病課長(寄稿時)、その後2017年8月よりWHO本部(ジュネーブ)グローバル結核プログラム医官(政策戦略担当)。

FGFJレポートNo.13(2017年8月)掲載

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