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ジョージ・ソロス氏「感染症対策における民間財団の役割」

2006年10月30日
ジョージ・ソロス氏「感染症対策における民間財団の役割」

投資家のジョージ・ソロス氏は、世界30カ国以上に財団を設立し、人権保護や感染症対策支援などを行っています。世界基金の信奉者を自認するソロス氏が来日した機会に、感染症対策における民間財団の役割についてお話しをうかがいました。

ジョージ・ソロス (本名:ゲルジー・シュヴァルツ)

ジョージ・ソロスオープン・ソサエティ・インスティテュ-ト創設者兼会長
ソロス・ファンド・マネージメント社会長
1930年ブタペスト生まれ。1947年に単身イギリスに渡り、ロンドン・スクール・オブ・エコノミーに入学。哲学者カール・ポッパーに師事し、同氏の「開かれた社会(オープン・ソサエティ)」理論に強い影響を受ける、1965年に渡米。金融投資家・投機家として活躍し、ヘッジファンドを開発、海外投資会社を設立し巨利を得る。1979年にアパルトヘイト下にある南アフリカの黒人生徒への奨学金の支給を始めたのを発端に、東欧諸国、旧ソ連諸国を中心に、フィランソロピー活動を展開。1991年にはブタペストに中部ヨーロッパ大学を設立、1993年にオープン・ソサエティ・インスティテュ-ト(OSI)を設立した。オックスフォード大学、イェール大学を初め、各教育機関から名誉博士号を授与されており、米国のシンクタンク「外交問題評議会(CFR)」の理事も務めた。

はじめに:感染症問題との関わり

日本においても米国においても、感染症の問題は党派を超えた問題として重要性を増している。自分は、マイクロソフト社のビル・ゲイツや米国のグローバル・ ファイトを創設したエドワード・スコットと共に、世界の感染症対策を支援している。また、ロックバンドU2のボノがその重要性を一般の人々に理解してもら う上で重要な役割を果たしてくれている。

自分がいつから感染症の問題に関心を持つようになったのかは定かではない。フィランソロピーへの関与は、「開かれた社会」理論を広めるための財団、オープ ン・ソサエティ・インティチュート(OSI)を1979年にニューヨークで設立して以来となる。今では世界30カ国以上に同財団を設立し、ソロス財団ネッ トワークを構築している。その活動は特にロシアや東欧で活発であり、人権保護や自由主義経済の推進、政府の説明責任の向上、シビル・ソサエティに対する支 援の他、刑務所への支援、結核予防プログラム支援などを行っている。

世界基金への期待

自分は、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)の信奉者と言えるだろう。世界基金の最大の魅力は、その資金調達においても、配分や実施においても、政府のみが関わるのではなく、シビル・ソサエティ(市民社会)が関わっているところにある。もちろん、国によっては、シビル・ソサエティに好意的ではない政府も多々あるが、そうした国においても、世界基金の資金は、シビル・ソサエティが政策に関わることを促進する役割を果たしている。また、資金の効果的な活用を目指し、成果をあげているところに資金を供与する「実績に基づく資金供与」という方針も同基金の魅力の一つである。最もよく考えられた資金提供機関ではないかと思っている。南アフリカでは、政府のプログラムだけではあまり実績があがりそうもなかったので、ナタール州政府への支援が追加された。ロシアでは、政府が消極的な、シビル・ソサエティによるハーム・リダクション*1のプログラムを支援している。シビル・ソサエティの参画はエイズ予防には特に有効だ。ウクライナでは、世界基金の資金が非効率に使われているとの判断から支援を停止したこともある。

世界基金が直面している最大の課題は、資金不足である。世界で感染症を根絶および制圧するのに必要な規模の資金を集めなくてはいけない。そのためには、日本のようにHIV感染率が深刻ではない国では特に、一般市民に対する啓蒙活動が重要となる。その点で、世界基金支援日本委員会の役割は大きい。啓蒙活動を進める上で足かせとなる、エイズにつきまとう負のイメージを克服するためには、メディアを教育することが効果的であると考える。

*1 薬物使用の是非を問うたり、薬物使用からの脱却を唯一の目的とするのではなく、薬物使用によって起こりうる健康被害(HIV感染等)を最小限に留めることを重視する考え方。

感染症対策における企業とフィランソロピーの役割

企業は「お金」を出すこと以外に多くの面で感染症との闘いに貢献できる。例えば、自社製品である医薬品や蚊帳を通じた貢献はその一例である。米国に本部のある三大感染症グローバル・ビジネス連盟(GBC)は企業の強みに合った貢献のあり方についてアドバイスを提供している。日本では、フランスなどで始まった航空券税のようなことは検討されないのか。フランスのように、全ての乗客から航空券税を強制的に徴収することは無理だと思われるが、世界基金の活動に賛同する乗客に任意で支払ってもらうことを検討してはどうだろう。

世界の感染症対策において、ビル・ゲイツは最大の投資家だ。フィランソロピーは政府にとって代わることはできないが、政府を牽引する触媒の役割を果たすことができる。米国では、所得の最大5割の寄付が税控除の対象となり、フィランソロピーの影響力が大きい。かつては死後の遺贈が多かったが、昨今では、起業家が生存中に寄付を行う(living philanthropist)ようになってきている。日本でもフィランソロピーを奨励するような税制度が必要であろう。フィランソロピーの役割を訴える意味でも、ビル&メリンダ・ゲイツ財団やOSI、Googleを例に、フィランソロピーは何ができるのか、検討するプロジェクトを実施しても良いだろう。

感染症とそれ以外の課題との関連性

感染症対策を進める上で、治療やケアへの支援はもちろん重要であるが、貧困や教育といった諸問題への取り組みも同様に重要である。例えば、薬を供与する資金があっても、それを安全に飲むための安全な水がなければ意味がない。国連のミレニアム計画の一環として進められているアフリカ・ミレニアム・ビレッジ計画では、アフリカ8カ国でコミュニティを単位とした包括的なプログラムが進められている。同計画の予算は1億2,000万ドルだが、私は、その内5千万ドルを寄付した。日本政府も国連人間の安全保障基金を通じて2千万ドルを拠出している。

アジアにおける感染症を考える時、中国とインドの動向は確かに無視できないだろう。人口大国中国、そして将来的には中国の人口を上回るとされているインド。所得が高まることで、人の動きが活発化し、感染の拡大が助長される。昨今、中国は感染症対策に本腰を入れており、変化が見られるが、いまだに虚偽の報告もしばしば行われていると聞く。経済が発展するところで感染症を予防するためには、企業の役割が重要である。また、地元政府との協力も不可欠であると考える。

感染症の政治的な局面に目をやると、私の信奉する「開かれた社会」が必要と考える。中国では、かつて、ある医師がHIV感染の拡大について警鐘を鳴らしたことで、政府に糾弾された。しかし、昨今では、徐々にシビル・ソサエティの活動が許容されるようになっており、「開かれた社会」への変化が感じられる。OSIでは、エイズ対策を進める上でも、情報へのアクセス、教育、保健インフラ、自由な啓発活動、政府の透明性の向上が不可欠であると考えている。最近懸念しているのは、ロシアである。ロシア政府はシビル・ソサエティへの取り締まりを強化しようとしており、OSIのロシア支部は自主的に閉鎖した。さもなければ強制的に閉鎖させられていただろう。中央アジアのタジキスタン、カザフスタン、キルギスタンのシビル・ソサエティには力がある。ウクライナもロシアの影響が強いものの、開かれた社会と言える。しかし、ウズベキスタンとトルクメニスタンでは、シビル・ソサエティが完全に追放されている。全般的に言って、旧ソ連諸国に対するロシアの影響力は強まっており、財団は難しい状況に立たされている。しかし、その国の人々は自由のために立ち上がる準備ができている。

(本文は、2006年10月16日に開催したジョージ・ソロス氏と世界基金支援日本委員会委員、および議員タスクフォースとの会合での発言に基づき、世界基金支援日本委員会の責任においてとりまとめました。)

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